春の欠片に供する二十杯目
とりあえずせっかく来たのだと、涼介はアリスを尋ねようと扉に近づく。ここに来たのが偶然か、紫たちの思惑かは解らないがアリスに会うことで問題が起きるとも涼介には思えないのだ。
「それに、魔女は多くの知識を持っているから何か知っているのかもしれないしね」
涼介はそう零し、ハルと扉へさらに近づく。しかし、歩みが止まる。違う、止まったのだ。その周囲に浮かぶ無数の刃物をこちらに向ける人形達が現れたことで涼介とハルは足を止める。
「ハル、動くなよ」
少しでも動けば文字通り刺さりそうなほど、刃物は近い。ハルが反応できなかった時点で力量差は知れているのだ。何故、アリスがこのような真似をしたのかは涼介に解らないがすぐに刺さない時点で対話の意思があるのだろうと焦るような真似はしない。
「まったく、この寒空の中うちに何の用なのよ、妖か……あれ、涼介に白狼ちゃん?」
扉から出てきたアンニュイそうなアリスが、涼介たちの姿を確認すると首をかしげる。
「あぁ、良かったアリス。この子達をどうにかしてくれないかい。これじゃあ氷像にされたみたいに動けないんだ」
「あぁ、その馬鹿みたいに危機感のない物言い確かに涼介ね」
「いや、その判断のされ方はちょっと」
「いいんじゃない、それで本人確認できるなら。それともイヤーマフラーを特注しに来た時の理由言う?」
「勘弁してくれよ、その話題は新聞にもされていておなか一杯なんだよ」
アリスはそう言いながら指を少し動かす。そうすると涼介たちの周りにいた人形たちが離れていく。
「あぁ、人心地付いたね」
「よく言うわ、まるで緊張もしていなかったのに」
「まぁ、自分にも作用する能力だからね」
「呆れた能力ね、制御なさい。危機感や恐怖は身を守るのに必要な感情よ」
「うーん、訓練はしたのだけどね。未熟なのか無意識で抑えているのかわからないんだ」
「はぁ、もういいわ。言っても無駄なことは言うだけ疲れるだけだし。それでどうして貴方から妖怪の気配がするのかしら?人間やめた?」
「いや、今のところその気も予定もないけど」
アリスの問いかけに涼介は分からないと首をかしげる。傾げた拍子に首からかけているレティにもらった結晶が肌に触れ、そのひやりとする感覚に思い至る。
「もしかしたらこれかも知れないな」
そういって、紐を引き胸元から取り出しアリスに見せる。それを見たアリスが目を細め、得心が行ったとてでも言うように一度頷く。
「なるほど、どこで手に入れたか知らないけれど冬の妖怪の結晶を身に着けていたのね。だから、霊力の弱い貴方の気配がその結晶から漏れる妖力に消されて妖怪に感じられたのでしょうね」
「なるほど、寒さを消す以外にそんな効果もあったのか。レティから餞別としてもらったからそのままにしていたよ」
「貴方ねぇ……。まぁ、いいんじゃない。それとそこの白狼がいれば弱い妖怪は寄ってこないでしょうしね」
「それは重畳」
「……強い妖怪は避けてくれないわよ」
「それだけの妖怪なら話が出来るさ。なら大丈夫だよ」
「本当に相変わらずね」
「安心したかい?」
「頭が痛いわ。もうそれもいいわ。それで貴方達は私に何の用だったの?」
「いや、特に用事があってここに来たわけではないんだよ」
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