第十六景『鬼島津残酷夢想絵巻』
「姫、静香姫!」
「う……うーん……」
顔面に大きな刀傷が残る精悍な顔付きの老武士が、ナナホシの肩を揺さぶる。
やや乱暴に揺り起こされたナナホシは朧気な表情でその老武士を見つめた。
「やっと起きもしたな姫!」
「え、あ、はい。ていうか姫って。あの、ここはどこですか? たしか私はルーデウスの家で……」
困惑しつつ辺りを見回すナナホシ。
ルーデウス邸にて徳川葵紋がプリントされたポーチを見たウィリアム・アダムスは、ナナホシが神君家康公ゆかりの者であると盛大に勘違いをし、平身低頭して風呂場での一件を詫びた。
その自身を奉る過剰な反応により、精神的な負荷に耐えきれなくなったナナホシは失神し果てた。
だが、覚醒してみれば自身が居るのはルーデウス邸ではなく純和風の座敷であった。
座敷の襖は開け放たれており、そこから見える白砂の庭には裃を纏った若い侍達が控えている。若侍達と、自身の隣で豪放な気を放つ老武士が纏う裃には“丸に十文字”の紋が繕われていた。
(丸に十文字ってたしか島津氏の……それに、この格好は……?)
不可解な現状に困惑しつつ、ふとナナホシは自身が纏う服装がいつものセーラー服とは違う事に気付く。
見れば、ナナホシは豪華な打掛型の小袖を纏っていた。安土桃山期に武家の女がよく身につけいた“桃山小袖”と呼ばれるそれは、色鮮やかな柄で彩られており、不思議とナナホシに良く合っていた。
しかしながら覚醒した直後のこの行き成りの状況に増々困惑するナナホシ。老武士はそんなナナホシにお構いなく、合戦さながらの勢いで言葉をかけた。
「ささ、姫! 姫が待ちに待った“ひえもんとり”がおっ始まるでごわす!」
「ひえもんとり?」
聞きなれぬ、しかしどこか不穏な言葉にナナホシは眉を顰めて老武士を見やる。
ぐふ、ぐふと不気味な笑いを浮かべる老武士の視線の先に目を向けると、白砂の庭に見知った若武者が褌一丁で鎮座していた。
「ウィリアム・アダムス!?」
褌一丁で沈鬱な表情を浮かべながら座しているのはウィリアム・アダムス。
何がどうしてこのような状況に至ってしまったのか、ナナホシは理解が追いつかずただただ困惑するばかりである。
「んでは戦心を養う薩摩の軍法“ひえもんとり”をば御覧くいやい!」
「え」
困惑するナナホシに構うこと無く、老武士は“ひえもんとり”の開始を宣言する。その一声を合図に、控えていた若侍達が一斉に立ち上がると裃を脱ぎ放ち、褌一丁となって猿叫を上げながらウィリアムに殺到した。
「チェストオオオオオ!」
「ぬわあぁぁぁぁぁぁ!」
血気勇猛な若侍達が生虜めがけて突進し、剛力のみでその生き肝を奪い合う!
多勢に無勢か、ウィリアムはさして抵抗も出来ず薩摩の若侍達の手によりその肉体を四散せしめた。
彼らが得物を持たぬ理由は、野郎同士が傷つけ合わないようにする為。
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