除霊師・安倍あやめ(1/7)
外はすっかり日も落ちきって暗くなり、遠くで吠える犬の声が聞こえるほどに静かだった。仄かな月の光が優しく街を照らし、人工的な街灯の光が強く街を照らしている。そしてどちらの光も届かない場所は、全てを呑み込むほどに深い闇に覆われている。
しかし私立北戸中学校の職員室は現在、蛍光灯の光によってその闇を跳ね除けていた。そこでは短い黒髪に黒縁眼鏡を掛けた30歳前後の男が、ノートパソコンの画面を睨みつけながら、カタカタと文章を打ち込んでいる。
数学の教師である彼はその日、来週行うテストのために夜遅くまで学校に残っていた。ときどき手を止めて何かを考え込んでは再び画面へと視線を戻してカタカタとキーボードを響かせる、という動作を何回も繰り返してている。
やがてそれが数十回を数えた頃、彼はふとその手を止めて背もたれに全体重を掛けるように仰け反った。パキパキと背中から小気味良い音が聞こえ、ギシリと椅子が静かに鳴った。
彼はぐったりと疲れ果てた様子で大きく溜息を吐くと、壁に掛けられている時計に目を遣った。時計の短針は、頂点の12をとっくに過ぎていた。
「もうこんな時間か……」
彼はそう呟くと、慌てた様子で帰り支度を始めた。書類と一緒にノートパソコンを鞄にしまうと、それを肩に掛けて入口へと歩いていく。そして擦れ違い様に照明のスイッチを切ると、パチンという音と共に職員室が途端に闇に包まれた。
そして彼は、そのまま月明かりに照らされる廊下を歩いていった。
こつ、こつ、こつ、こつ――
夜の学校は昼と違って人がほとんどおらず、耳が痛くなるほどに静まり返っている。なので彼のたてる足音が、何物にも邪魔されることなく学校中に響き渡っていた。しっかりと戸締まりがされた校内は風通しが悪く、彼は空気と一緒に気分が沈んでいくような心地になった。
「さっさと帰ろ……」
暗闇を恐れる人間の本能だろうか、彼の足取りが自然と速くなった。
とはいっても、こういう場所では滅多に事件など起こらない。彼は今までに何度も夜遅くまで残業したことがあったが、今まで一度たりとも変わったことは無かった。
今日までは。
――がたんっ!
「ひっ――!」
突然頭上で響き渡った大きな音に、彼は思わず声をあげて足を止めた。
彼は顔を強張らせながら、キョロキョロと辺りを見渡した。こんな時間なので、当然ながら人の姿があるはずもない。
しかし、音がするということは、
「誰かいるのか?」
返事が無いことを願いながら、彼は天井に向かってそう尋ねた。そして彼の期待通り、返事は無かった。
しかし教師という立場上、そのまま黙って帰るわけにもいかない。万が一生徒が隠れていたなんてことがあれば、後日親を呼び出して厳重注意をしなければならない。
「変なのとかいるなよ……」
彼は誰に言い聞かせるでもなくそう言うと、職員用玄関へと向かっていた体の向きを変えて階段へと向かっていった。そして月明かりが上手く届かず廊下よりも薄暗くなっている階段を、1段1段しっかりと踏みしめるように昇っていく。
3階に到達したところで、彼は柱から恐る恐る廊下を覗いた。
「…………」
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