彼の分まで生きる(1/3)
北斗駅から車で10分ほどの距離にある市立北斗中央病院は、日本でも有数の大きさを誇る病院である。
小高い丘を丸々1つ使った広大な敷地の中に、オフィスビルかと見紛う全面鏡張りの建物が幾つも隣接している。そんな巨大な建造物の中には全部で30以上もの科が存在しており、それぞれに最新式の設備を取り揃えている。そこで働く医師もかなり優秀で、中には世界にその名を轟かせる者もいるくらいである。
しかし、充実しているのは医療だけではない。敷地内にはコンビニや銀行や郵便局などはもちろん、果てはエステなんてものまで完備している。それはまるで、この病院自体がさながら1つの街のようだ。
食事面もかなり充実している。喫茶店から本格的なレストランまで、様々なジャンルの料理が幅広く揃っている。これらは主にお見舞いに来た人向けのものであるが、食事療法の対象外である患者ならば利用できるし、病室までデリバリーすることも可能だ。
さて、これだけ充実した病院ともなると、当然利用客もかなりの数になる。現にどこのテーマパークかと思うくらいに広い駐車場は午前中にも拘わらずほとんど埋まっているし、駅から無料で出ているシャトルバスも入れ替わり立ち替わりで駅と病院を往復している。
そして今も、駐車場から、そしてバス停から多くの人々が病院の入口へと向かって歩いており、長い行列を作っていた。どこかしら具合の悪い人が集まっていることもあり、その足取りはやけにゆっくりだ。
そんな中、その人々の間を縫うように颯爽と歩く1人の少女がいた。
染み1つ無い白い肌に艶やかな長い黒髪の映える、まるで高級な日本人形のような少女だった。今はどこかの学校の制服を着ているが、さぞ着物が似合うだろうと、見たこともないのに確信できてしまう。そんな美少女が肩で風を切って歩く姿は、それだけで絵になる光景だ。
そんな美少女・安倍あやめは、入口の大きな自動ドアを潜り抜け、吹き抜けとなった開放的なロビーを歩いて受付へと向かった。この受付もかなり立派なもので、一流企業のそれと何ら見劣りしない。
「すみません。松山清音さんの友人なんですが、病室はどちらでしょうか?」
あやめの言葉に受付の女性は「少々お待ちください」と言って、目の前のパソコンに文字を打ち込んでいった。一瞬にして画面が切り替わり、入院患者のリストが表示される。
「3005号室です。正面をまっすぐ進んだ先にエレベーターがあるので、3階まで上がってください」
「ありがとうございます」
あやめは優雅な所作でお辞儀をすると、女性の言った通りにロビーを抜けた先にあるエレベーターに乗って3階まで上がった。
エレベーターの目の前は多くの看護師が忙しなく行き交うナースステーションであり、彼女はたまたま目の合った看護師に会釈してからその場を離れた。チラチラとドアの脇にあるプレートに目を遣りながら廊下を歩いていくと、やがて“3005”と刻まれたプレートの貼られたドアの前までやって来た。6人が入れる大部屋だが、現在は1人しかいないようだ。
そこには、“松山清音”と書かれていた。
あやめはそれを確認すると、軽くノックをしてそのドアを開けた。
「清音さん、大丈夫ですか?」
「おぉ、来てくれたんだね、あやめ!」
あやめの呼び掛けに応えたのは、聞いているこちらが脱力しそうな程に気の抜けた声だった。
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