愛の力(2/3)
「ここなら、とりあえず大丈夫でしょう」
「……はい、そうですね」
あれから2人は、あやめの自宅のある住宅街とは別にある公園へとやって来た。腰の高さほどの植え込みで囲まれたそこは、滑り台やブランコなど定番の遊具が一通り揃っている、しかし特に他の公園と代わり映えのしない有り触れた公園だった。
昼間は多くの子供が遊んだり主婦や年寄りの話し声で賑わうそこも、夜になると人っ子1人見当たらず、耳鳴りがしそうなほどにしんと静まり返っている。あやめがここを逃げ場所として選んだのは、人がいないために話を聞かれる危険性が無く、周りが開けているために対処がしやすいからである。
「さて、とりあえず、あなたが嘘をついていないことは分かりました」
「……やっぱり、疑ってたんですね」
「私達の仕事は、疑うことから始まるので」
あやめはそう言い放つと、ブランコに腰を下ろした。錆びついた鎖がキィッと音をたてた。
一方男はあやめと向かい合うように、ブランコの周りを囲う低い柵に体重を掛ける。
さて、とあやめは口を開いた。
「訊きたいことがあります」
「何ですか?」
「あなたに話し掛けている幽霊に、心当たりはありますか?」
「いえ、ありません」
即答だった。あまりに早すぎるので、本当にちゃんと考えたのかと勘ぐってしまいそうになる。
あやめは呆れたように大きく溜息を吐いて、
「もっとよく考えてみてください。あなたのことを殺そうとしている人物なんですよ? それだけの恨みを抱かれるようなことを、過去にしたということではないですか?」
「まさか、そんな訳がありません! さっきから思い出そうとしてますけど、まったく身に覚えがないんですよ!」
「無意識の内に相手を傷つけていた、ということもあるでしょう? 少しでも思い当たることは無いのですか?」
「僕は今まで普通に暮らしていたんです。友人も大勢いましたし、そりゃあ多少の喧嘩はありましたけど、それだってすぐに解決しました。ですから、今になって僕を殺そうとするような奴なんて、いるとは思えません」
きっぱりと言い放つ男に、あやめは切り口を変えてみることにした。
「ならば……、あなたに話し掛けてくるとき、幽霊はどんな様子でしたか?」
「どんな様子、ですか……?」
男は顎に手をやって俯いた。途中、一瞬だけ顔をしかめたのは、幽霊に襲われたときの恐怖が蘇ったからかもしれない。
すると男は、ふいに何かを思いだしたように「そういえば……」と呟いた。
「何かありましたか?」
「怒ってました。あのときだけ」
「あのとき?」
「あの家にいたときですよ。――今までは優しく語り掛けてくる感じだったのに、そのときだけは、とても怒ってました」
「……そのときは確か、『その女は誰だ?』と言っていたそうですね?」
男は無言で頷いた。
それまで穏やかだった女性が、男と自分が一緒にいたときには怒っていた。“その女”という言葉から、どうもその幽霊が自分のことを忌々しく思っていたようにも取れる。
「それにしても、『その女は誰だ?』ですか……」
ぽつりと呟いたあやめの言葉に、男が反応する。
「どうかしましたか?」
「いえ、何かまるで、彼氏の浮気現場でも目撃したみたいだな、と思いまして……」
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