除霊師・安倍あやめ(4/7)
夜もとっくに更け、時刻は午後10時を過ぎた頃。
昨日と同じく、外は遠くで吠える犬の声が聞こえるほどに静かだった。仄かな月の光が優しく街を照らし、人工的な街灯の光が強く街を照らしている。そしてどちらの光も届かない場所は、全てを呑み込むほどに深い闇に覆われている。
そしてそんな夜道を、昼間と同じ制服姿のあやめが歩いていた。この格好の方がやりやすいからなのか、それとも単に着替えるのが面倒だったからなのか、まさかそれ以外に服が無いのか、それは本人にしか分からなかった。
それにしても、中学生が1人で夜道を歩くなんて光景を誰かに見られでもしたら、良識のある大人なら絶対に怒ってくるだろうし、邪な感情を抱く大人なら絶対に襲ってくるだろう。しかし幸いにも夜道には彼女以外の姿は無く、よって彼女が誰かに怒られたり襲われたりすることは無かった。
ふとあやめは足を止めると、星が輝く空を見上げた。そのまま大きく両腕を上げて背筋を伸ばし、大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。
「うん、良い天気ですね」
あやめは満足げに呟き、再び前を向いて歩き始めた。
両脇に校舎が堂々と鎮座し、1階部分が昇降口になっている渡り廊下がその間を繋ぐ私立北戸中学校。
校舎の後ろに浮かぶ月のおかげで視界は良好だが、その分濃くなった校舎の影が地面を呑み込みながら、あやめに向かってまっすぐ伸びている。まるで彼女をも呑み込もうとしているようなその雰囲気は、昼間に来た所と同じ場所とは思えないほどに不気味なオーラが漂っている。
あやめは校門のゲージに手を添えて、そんな校舎をじっと眺めていた。その表情には一切の感情が無く、彼女が何を考えているのかそこから読み取ることはできない。
しばらくそうしていた彼女だったが、やがて大きく溜息を吐くと、
「……まったく、2人共、何を考えているんですか?」
独り言を呟くのとは明らかに違う、誰かに呼び掛けるような声をあげた。その視線は校舎ではなく、校門脇に植えられた1本の樹に向けられている。
すると、
「いやぁ、やっぱりバレちゃったか。こっそり後をついていこうとしたんだけどなぁ」
その樹の陰から、2人の少女が姿を現した。1人は呑気にヘラヘラと笑いながら、もう1人は申し訳なさそうに眉を寄せながら。
その2人とは、清音と春だった。
「まさか、ずっとそこで待っていたんですか? 随分と物好きですね」
あやめが呆れを隠そうともせずにそう言うと、
「ずるいよ、あやめと春だけ幽霊見ちゃってさ! しかも私がまだ見てないのに、その幽霊をお祓いしようとしてるんでしょ! 私だって幽霊見たいんだからね!」
清音は笑顔から一転、プリプリと怒ったように頬を膨らませて声を張り上げた。近所迷惑などお構いなしである。
「…………」
あやめは清音に何も言い返さず、というより言い返す気にもなれず、彼女の後ろに隠れるように体を小さくする春へと視線を向けた。その瞬間、ビクンッ! と肩を震わせた春は、怖々とした様子であやめへと向き直ると、
「えっと……、安倍さん、ごめんなさい。放課後に清音に詰め寄られて……、それで、今夜除霊することを言っちゃったの……」
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