第5話 皆さんが決めたこと
先日新入部員の楽器決めも無事完了し、今日はミーティングからのスタートだ。
どうでもいいけど「ミーティング」より「会議」の方が堅苦しい感じするよな。表記する言語、或いは字体によって印象がガラリと変わるのが言葉の面白い所であると俺は思う。
これを以前友人に言ったら「篤ってやっぱ頭いいけど馬鹿」と言われた。失敬な。俺の他にもこういったことに興味を抱く人だっているだろうに。
今日の部活には、初めて滝先生がやってくる。それもあってかどうかは知らないが、音楽室がいつもより騒がしい気がする。ネットスラングを使うと、騒がしい希ガス。ちなみに希ガスにはHeやNeなどが属し、別名不活性ガスとも言う。中高生諸君は覚えておいたら良いことがあるかもしれない。大学生は知らん。
にしても、頭の中でどうでもいい話が続いていく癖はどうにかならないだろうか。いや、なるまい。反語表現になっちったよ。
この思いが届いたかのように実にナイスなタイミングで滝先生と、先生を呼びに行った晴香がやってきた。やはり身長180オーバー(俺の見立てでは)のイケメンは男に飢えた女子生徒達にとってかなりの癒しになっていそうだ。俺ら男子部員はただの労働力。ほとんど異性として見られちゃいない。
先生が前に立つと、流石に教員相手には分別が聞くのだろう部員達が少し静かになった。
「まずは自己紹介を。始業式でも挨拶をさせて頂きましたし、既にHRや授業で私のことを知っている人も多いと思いますが。今年からこの学校に赴任しました、滝昇です。3年7組の担任で、音楽を教えています。本来でしたら長らくこちらの吹奏楽部で副顧問を務めていらっしゃった松本先生が顧問になるべきだと思ったのですが、本人たっての希望で私が顧問になりました。これからよろしくお願いします」
そう言って2週間程前に俺たちの教室でやったように、深々と頭を下げた。子ども相手にここまでの礼をする大人というのはやはり珍しい。
「毎年この時期に、生徒の皆さんにお願いしていることがあります」
そう言いながら先生が黒板に字を書いていく。機械で打ち出したような綺麗、否、正確に整った文字。どうやったらこんな字書けるようになるんだよ。習字習ってた人だってもう少し砕けてるぞ。
彼が黒板に書き出した文字は『全国大会出場』この字の意味する所とは――
「これが皆さんの昨年の目標でしたね?」
そう。これが俺たちの目標だった。ここ数年、京都府大会銅賞(良くて銀賞)止まりの北宇治高校吹奏楽部がずっと掲げているだけの目標。スローガンという方が正しいかもしれない。
「あの、先生。それは目標というか、スローガンみたいなもので……」
晴香が頭を掻きながらおずおずと言うと、彼はそうですか。と『全国大会出場』の文字の上に綺麗な直線でバツを書いた。
そして生徒の自主性を重んじるだのなんだの言って、自分達で目標を決めろと言った。
この人は知っている。こんな時に子どもが取る選択肢を。特に中高生が取る選択肢は、大人が気に入る方だということを。
この時俺は思った。――この先生のもとなら本当に全国大会に行けるかもしれない、と。
「じゃあ私が書記するわ」
先生の言葉でおたおたしていた晴香があすかに視線を向けると、頼れる副部長は自ら書記を買って出た。どうせ多数決で決まるだろうからあんま意味の無いことだとは思うがな。
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