周囲の反応3 「Jの生まれた日」
私はその日、お父様から飯屋きらりのカウンター権というものを譲られた。
本当は何を置いてでも行きたい美食の祭典だとか、月に一度の食欲のメンテナンスだとか、あのカウンターに座るために僕がどれだけの事をしてきたのかだとか、熱く語られたが今一要点が掴めなかった。
父様の運転手に簡潔に説明させたところ、芸能界の会合でよく料理をしてくれる男の子の店で毎月開かれている食事会に行ってこいということらしい。
お父様はその日は結婚記念日の祝いにお母様とフランスへ行くから欠席せざるを得ないのだそうだ。
料理ぐらいいつでも食べられるのに何を大げさなと思いつつも、たまたまその日はなんの予定もなかったので出席することにした。
当日、前日に夜遅くまで仕事をして、しかも生理中だった私のコンディションは最悪だった。
化粧ののりは悪く、髪も纏まらず、ましてや食欲など少しもわかなかったので欠席しようかとも思ったが。
父から「絶対に欠席だけはしないでくれよ」と念押しの電話がかかってきたので渋々家を出た。
各駅停車の駅近くの猥雑な場所にある飯屋きらりに着くと、店の前で待っていた女性に店の隣の駐車場に案内される。
普段は車を入れずにお客さんが並ぶスペースとして使っているのだと後で聞いた。
店からは外からでもわかるぐらい異常な匂いがした。
野性味が溢れるというか、濃厚というか、シンプルに臭いというか。
顔をしかめながら車に鍵をかけていると、961プロダクションの黒井社長が銀髪の少女と765プロダクションの高木社長を伴ってやってきた。
「美城の娘か、親父はどうした?」
「美船ちゃん久しぶり、また綺麗になったね」
「ご無沙汰しております、父は所用で国外へ出ております」
「国外か……今日を逃すとは全く間抜けな男だ。私ならば不渡りを出してでも来るものを」
黒井社長は空を見上げてしみじみと言う。
「なにをそこまで」という私の疑問が顔に出てしまっていたのだろう、黒井社長は少々不愉快そうな顔をしていた。
「正直、理解しかねるといった顔だな」
「……だって、ここは普通の大衆料理屋じゃあありませんか」
「なるほど、君は勘太郎少年をあまり知らないんだな」
「料理が上手な事は知っていますよ」
「それは奴の一側面でしかない」
黒井社長の余裕たっぷりの言い方に、私は少し腹が立ってきていた。
「料理人にとってそれ以上の事があるんですか?」
「そこだ、その認識が間違っている」
「おっしゃる事がわかりかねますが」
「奴は料理人ではない」
自信満々に言う黒井社長には申し訳ないが、正直私には意味がわからなかった。
「料理がどれだけ上手くても奴の心根はプロではない、普通の中学生なのだよ」
「お金を貰って料理を作るのが料理人なのでは?」
「お金を貰って料理を作ることをなりわいにしている者は、少なくとも自分の意思で料理人という職を選び料理をしているだろう?」
「そうでしょうね」
「今の勘太郎少年は高峯ちばり女史に言いつけられて渋々この会を開いているだけなのだ、先のことはわからん」
「あれだけの才能があるならば、料理の道を選ぶと思いますけれど……」
私がそう言うと、黒井社長は深刻な顔で顎をさする。
「どうも勘太郎少年は今のところ料理を生業にしようとは思っておらんようでな。奴は以前にも『将来はエレキギターのピックアップを作りたい』などと言っていた、この店もいつまで存在するかわからんのだ」
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