ハーメルン
宮永咲が結婚したいと頑張るお話
一話

「………………えっ?」



 呆然と。目の前の現実を咄嗟には理解できずに、私は呆けていた。

 私が居たのは、都内のマンションだ。数年前に売り出した新築で、タイトルの賞金や貯金を使って購入したものである。
 内装は最近の住宅でよくある、少々小洒落たモダン的なデザイン。高級感溢れるとまではいかないが、そこらのアパートや古いマンションよりは魅力的な内装だった。

 しかし今視界に広がっているのは、どこか見覚えのある、自然豊かな田舎の風景で。見慣れた自室はどこにもない、全く別の場所の光景が周囲に広がっている。
 屋内の景色は、屋外に。寝室と兼用していた自室は清水が流れる小さな川の土手に、綺麗な白色だった天井は雲一つない青空になり、周囲の空間は共通点を探す方が難しいほどに様変わりしていた。

 何が起きたのかも分からずに、私はキョロキョロと辺りを見渡すと、既視感を感じたこの風景――目の前に広がるこの景色が、私が通っていた高校のすぐ近くの場所だと気がついて。表情に浮かべた驚愕を、さらに強くした。



「ゆ、夢……じゃない、みたい」



 頬を摘まんで引っ張っても、きちんと痛みを感じる。風の感触や緑の匂いも感じているし、夢だと片付けるにはどうにも色々とリアルすぎた。

 ならいったい、これはどういうことなのだろうか。
 私はとりあえず誰かに連絡しようと、ポケットに入れっぱなしだったはずの携帯を取り出すために、視線を下に向けて――――



「セ、セーラー!? 何でっ!?」



――――何故か高校時代の制服を着用しているのを見て、思わず声を荒げてしまう。

 都合十年ぶりに見た、懐かしみすら感じるこの制服。我が母校、清澄高校の女子の指定制服であるこのセーラー服は、高校を卒業してからは袖を通す機会もなく。私が使っていた制服は、今は長野の実家の箪笥の中に眠っているはずである。
 にもかかわらず、私は今、その清澄高校の女子制服を着ている。実家の制服を引っ張り出した記憶もなく、女子高生のコスプレをした記憶もないのに、だ。

 本当に私に何が起きたのだろうかと、頭を抱えてその場に踞りたくなるのを我慢して。私はポケットを探ると、そこに入っていた携帯を取り出し――それが数年前に買ったスマホではなく、高校時代使っていたガラケーだったことに少し戸惑いつつ――一先ず誰かと連絡を取ろうと、最早懐かしい折り畳み式の携帯をカチャリと開く。
 開いたと同時にディスプレイに光が点り、画面には壁紙と、現在の時刻と日付がデジタルに映し出される。友人に電話しようと、電話画面に移るボタンを押そうとした、その前に。



「……え?」



 “十二年前の”日付を画面が示していることに、ふと気が付いて。携帯を操作する指を、思わず止めた。



「に、201X年、って……十二年前? 私が高一だった頃、清澄に入学した年……だよね」



 携帯の故障か、あるいは設定のミスか。目の前に映るあり得ない情報を、私は呆然と見つめていた。

 変化した居場所、衣服、年月。それらの情報から推測するに、あまりにも荒唐無稽な考えが私の中に一つ浮かんだが、さすがにあり得ないだろうと首を横に振る。

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