第三話:疾走の絆(1)
今日の天気予報によれば、八月の暑さは例年よりは和らぐはずだという。
都内のビルにあるこの貸しオフィスは、一切の家具や事務用品はなく、あるのはテーブルと古いパイプ椅子だけだから、風通しもいいし空調設備は作動していた。
西日はすでに落ちて、外から見えるビジネス街では、ぽつぽつと夜の明りがつきはじめていた。
何より、目の前にいるのは氷の女だ。
それと静寂の時を過ごしていれば、暑さを感じるはずがない。
にも関わらず、エイジの額からは汗が噴き出て止まらなかった。
机をはさんで向かい側にいる女、照井春奈は、一瞬たりとも視線をそらすことなく、品よくアイスコーヒーをストローで飲んでいた。
そうやって液体を吸う音と、空調の動く音と、パトカーのサイレンの音が外から漏れ聞こえるだけだった。会話らしい会話は、かれこれ半時間もない。
仮面ライダーT3アクセル、照井春奈。
そう名乗った彼女は、変身する間もエイジに与えずベルトやシフトカー、それらを自動操作できるタブレットや電話機といった電子機器一切をふくめた私物を没収した。
そうしてあれよあれよと言う間に連行されてきたのが、この貸しオフィスだった。
元々、一時的に『こういう目的』のために借りているスペースなのだろう。
いくら美人だとは言え、いや春奈が美人だからこそ、長時間睨まれていることは堪えた。
沈黙に耐えきれずに、エイジはおそるおそる口を開いた。
「だから、最初から事情は説明したじゃんかっ!」
「聞いている。今まで収集した情報との矛盾点も見当たらない」
「だったら帰してよ!」
「事情は事情。拘束は、拘束」
まるでロボットのような口ぶりでそう言った。
「君は偶然手に入れたイレギュラーな力を、非合法に行使している。拘束の理由はそれだ。君を尋問するためじゃない」
「……僕は『黄金仮面』とおなじ犯罪者、ってことか」
「そうだ」
いささかの逡巡もなく、春奈は言い切った。
「君の処分を、今外出中の上司が検討中だ。沙汰があるまで待機するように」
そうかここは事務所でも取調室でもなく、お白洲だったか。
皮肉な気分を胸に押し隠し、妙に芝居がかった女の声にうなずいた。
それから十五分ほど後に、その上司はコンビニの袋を提げて現れた。
照井よりも一回りほど年上のようだったが、ハンサムな日本人のようだった。
上等な黒でかためたスーツに、ネクタイに、シャツ。革のグローブ。
暑苦しい恰好なのだが、それでも季節外れな印象がないのは、涼やかな目元のせいだろう。
だが、その双眸には独特の眼力があり、ドアを開閉させる動作にも無駄と隙がなかった。
シャープな印象を持つ男は、威圧感たっぷりにふたりを見比べた。春奈は浅く会釈した。
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