王子と姫と白い仔猫・17
気がつくとキリトはまた白い霧の中にいた。
耳を済ませば、すぐに昨日と同じアスナの泣き声が聞こえてくる。
キリトは何の迷いもなく、すぐにアスナの元へと向かった。
すぐさま霧は晴れて、その先には昨日と全く同じにアスナが白いドレス姿で膝を抱えて泣いている。
ゆっくりと近づいてみると昨日は動かなかった足が、今日は何の抵抗もなくアスナのすぐ隣まで辿り着いた。
驚きと嬉しさで「アスナ」と名を呼ぶ……いや、呼ぼうとした。
しかし口はパクパクと動くだけで、声は全く出てこない。
ならば、と自分に気づいてほしくて彼女に触れようと手を伸ばす……いや、伸ばそうとした。
手はピクリとも動かない。
それどころかさっきまで動いていた足も身体も全く言う事をきかなくなっていた。
すぐ隣にキリトがいるというのに、アスナには足音も気配すらも届いていないのか、ただ一人肩を震わせるばかりだ。
彼女の隣にただ突っ立ったまま、キリトは彼女の泣き声を聞き続けた。
なんだか鼻がむずむずとしてキリトは「っくしゅんっ」と発した自分のクシャミの音で目が覚めた。
いや、覚めたはずの目の前が真っ白だった為、まだ霧の中なのだろうか?、と思いつつ、ぼんやりとした意識の中でその白を見ていると、それがもぞもぞとうごめき、その動きに合わせて再び自分の鼻が刺激され、その原因の白がふわふわの毛並みだと判明した瞬間「アースーナー」とリズ口調で仔猫の名を口にする。
寝る前は腕の中に収まっていたはずの仔猫がいつの間にかキリトの目と鼻を覆う位置にまで移動していたのだ。
キリトのクシャミと自分を呼ぶ声で目覚めたらしい仔猫が「ふみゅ?」と寝ぼけたような声をだす。
キリトはベッドの上で仰向けになり、両手で仔猫の両脇をすくい上げるとめいっぱい腕を天井に向け、伸ばした。
前足と後ろ足がぷらーんと垂れ下がる。
このままだと再び寝てしまいそうなくらい細い目の仔猫を愛おしそうに見つめると、キリトは腕を曲げて仔猫を引き寄せ「おはよう、アスナ」と言いながらその鼻先にチュッとキスを贈った。
その途端、驚いて目をパッチリと開いた仔猫が恥ずかしそうに「みゅぅぅぅっ」と消え入るような声で鳴くと、クックッと笑ったキリトは「早くちゃんとアスナにキスがしたい」と小さく零してから、ガバッと仔猫を抱えて上半身を起こす。
「さあっ、今日は一緒に王都へ出てシノンに会わないとな」
その言葉に仔猫も「みゃっ」と気合い十分で答えたのだった。
サタラから適当な服を持ってきてもらい、散々「護衛を」と迫ってくる侍女や従者達を押しのけて王都まで一人と一匹でやってきたキリトは歩き疲れて座り込んだ広場の木製ベンチでふぅっ、と息を吐き出した。
ここは王都でも飲食店や雑貨店が建ち並んでいる区画で、目の前を行き交う人達が耐えることはない。
昨日、人通りの多い場所、という条件で王都で暮らしているリズが教えてくれたのだから間違いはなかった。
ところが手当たり次第にあちらこちらで聞き込んでみたものの、シノンの存在は皆が知っていたが、その居場所となると首を横にふる者ばかりだ。
中には数名、他国から帰ってきた旦那が原因不明の熱病にかかった時、使い魔がやって来てシノンの元まで薬をもらいに行った事のあるおかみさんや、王都の外れで馬車が河に落ちそうになった時、使い魔と一緒にシノンが現れて助けられた経験のある商人など、シノンと直接会ったことのある者もいたが、全員がどこに行けばシノンに会えるのかは不思議な事にすっかり忘れてしまっていると言う。
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