ハーメルン
王子と姫と白い仔猫
王子と姫と白い仔猫・9

ガヤムマイツェン王国の王子が離宮にやって来て数日が経ったある夜……朝日が顔を出すにはまだ少し時間がかかろうかという頃、キリトは暗い部屋の中でぱちり、と目を覚ました。
寝起きと物覚えに関しては胸を張って「自信ないぞ」と言い切っている彼にしては珍しいことだ。
そのまま少しの間、何かを考えていたがむくりと起き上がって寝台を抜け出すと、物音に気づいたのか続き部屋に控えている優秀な従者がコトリ、と仕切りの扉を開けた。
キリトが起き出している事に驚いた様子で「どうかなさいましたか?」と問いかけてくる。
曖昧な笑みを浮かべたキリトが「ちょっと目が覚めた」と言った後「少し屋敷内を散歩してくる」と廊下に続くドアノブに手をかければ「お供させていただきます」と背後からキリトにガウンを羽織らせた。
特に目指していたわけでもないのだが、足は自然とアスナの私室に向く。
夜更けに熱が上がる、と聞いていたのを思い出し部屋の前で足を止めると、不意に中からカチャリ、と扉が開いた。
部屋の中から出てきた侍女は目の前の小さな存在に一瞬驚いて持っていた水盤の水をはねかせたが、すぐさま「キリトゥルムライン殿下でしたか」と安心したように肩の力を抜く。

「この様な時間に、どうされたのですか?」
「アスナの熱は?」

侍女の言葉に答えるより一番心を占めている気がかり事を尋ねると、侍女は少し困ったように笑ってから「大丈夫ですよ」と告げる。
手にしている水盤の水を替えに行くのなら熱があるのは間違いなく、侍女の答えに不満げな瞳で見返すと彼女は改めて詳細を話した。

「熱はありますが、以前よりはずっと軽いのです。これなら明け方には落ち着くかもしれません。少しずつですが良くなってます」

その言葉を疑うわけではないが、キリトは不作法と知りつつも我慢出来ずに願いを口にする。

「部屋に入っても……いい?」
「今は眠っておられますが」
「構わない。顔を見たいだけだから」

日中にキリトがアスナの部屋で過ごす事は当たり前になっていたが、深夜に部屋を訪れるのはさすがに外聞がよろしくない。
侍女が思わずキリトの後ろにいる侍従を見れば、彼も苦笑いを浮かべるだけで王子を止める気はないようだ。

「でしたら、少しの間だけですよ」
「うん、ありがとう」

侍従は侍女に対して深々と頭を下げると扉の横で直立不動の姿勢をとった。
王子が部屋から出てくるまでそこで待つつもりらしい。
侍女は再び室内へと引き返し、水盤を置くと小さな声で「どうぞ、殿下、お入り下さい」と導いた。
燭台のローソクに灯る僅かな明かりを頼りにベッドサイドまで辿り着いたキリトは、想像していたより安らかな寝顔のアスナにホッ、と息を吐く。
椅子を勧めてくる侍女を手で断ってそっとアスナの枕元に立った。
髪に額に、頬に触れたい気持ちを抑え、その分を視線に込めてジッと彼女を見つめたまま静かに言葉を落とす。

「オレ、アスナに嫌われたのかな?」

見なくとも傍にいる侍女の驚く気配を感じた。

「どうして……その様に思われるのですか?」
「だって、いきなり、もう国に帰った方がいいって」

力のない声で泣きそうな顔の王子が何を思ったのかがわかり、侍女はすぐさま「違いますよ」と優しく言った。

「他の侍女から聞いております。昨日、姫様にキリトゥルムライン殿下が日頃どのようにお城の中で過ごされていらっしゃるのか、お話くださったそうですね」

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