松風とモンブラン
「Bonjour! 自由・平等・博愛の国からまいりました、水上機母艦Commandant Testeです」
海外艦たちとも挨拶を交わした松風を、提督は赤いクロスが敷かれたテーブルに案内した。
「松風はまだ、目覚めてから何も口にしていないそうだね」
そう言って提督がうながすと、コマンダン・テストが松風の前に一皿の菓子を出す。
「これは……モンブラン?」
「Oui,MontBlanc aux Marrons(そう、栗のモンブランよ)」
パリのカフェで生まれたモンブラン山をモチーフにした菓子で、日本では1933年(昭和8年)創業の東京自由が丘の菓子店「モンブラン」が看板商品として発売し、昭和の世に広めた洋菓子の定番だ。
松風は、かつて自分に乗り込んでいた菓子好きの士官の記憶を、おぼろげながら思い出せた。
まず目を引くのは、鮮やかに輝く、黄金のような一粒の栗。
それが、絹糸の束のような茶色いマロンペーストの上に、白い雲のようなホイップクリームを台座として乗っている。
松風はスプーンで一口、モンブランを口に運んだ。
マロンペーストは想像よりもクリーミィで、濃厚な栗の風味が口いっぱいに広がる。
その下には、口の中で淡く崩れるフワフワのスポンジと、スポンジに包まれたたっぷりの甘い生クリーム。
舌の上で甘く溶ける生クリームの余韻に浸っていると、ウォースパイトが紅茶を出してくれた。
「ありがとう」
渋みとコクの強い茶褐色の紅茶で口を洗い流し、今度は栗とホイップクリームに手をつける。
甘く甘く丁寧に煮詰められた栗の、ほっこりとした食感。
ホイップクリームは、下の層の生クリームより甘さが押えてあり、ふわふわと滑らかに煮栗の味と食感を引き立てている。
松風はあっという間にモンブランを食べ終えた。
そこに、ウォースパイトが二杯目の紅茶を淹れてくれる。
今度はミルクティーだ。
ずっしりとしていた渋みが和らいでいるが、その中にもしっかり紅茶の香気とコクが残っている。
モンブランを食べながらでは感じにくかった、芳醇な甘味も今度は味わえた。
ふぅ、と一息ついた瞬間、松風はあることを思い出した。
(そうだ……あの人は、お菓子好きなんかじゃなかった。婦人に求婚する日、似合いもしないのに、精一杯気取ってあの洋菓子店に入ったんだ)
艦内に流れ込む黒い濁流に飲まれていった、顔も思い出せない士官。
だが、何となくこの鎮守府の提督と雰囲気が似ていた気がする。
溢れそうになる涙をこらえ、自分が艦娘として人間の身体を手に入れ、こうして食べ物を口にできることの意味を考える。
(守ろう。この平和な……人間達の世界を、提督と仲間のみんなと……)
「司令官、いいね。僕の背中は任せたよ!」
松風は髪をかきあげ、提督に向かって迷いのないさわやかな笑顔を見せ……。
(そうそう、そういうアピールが大事だよ!)
とでも言わんばかりに、良い笑顔で親指を立ててみせる那珂のことは無視しておいた。
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