ハーメルン
ある鎮守府のエンゲル係数
吹雪とモツ煮込み

「うーん……」

メニューを追う提督の目が、吹雪が見ているのと同じところで止まった。

「「モツ煮込み定食」」

2人の声がピタリとハモる。

「それじゃあ私、注文してきますね」

間宮のいるカウンターに注文に行く吹雪。
吹雪が勢いよく立ち上がったため、スカートがめくれて何か白いものが提督の目に入った。

慌てて目を背けながら、提督は吹雪と初めて対面した日を思い出していた。
(あの日の吹雪も敬礼しながら、風でスカートがめくれてたっけ……)

やがて吹雪が、水の入ったアクリルのコップを2つ持って戻ってきた。

「吹雪、初めて建造をしたときのこと覚えてるかい?」
「司令官が資材を全部つぎ込んじゃったから、せっかく初雪ちゃんを建造できたのに、しばらく出撃も何もできませんでしたよね」

吹雪が楽しげに笑う。
吹雪と初雪、そして「はじめての編成」任務のご褒美に、妖精さんが召喚してくれた白雪。
提督と4人で、今と比べれば狭いとはいえ、元旅館だった広い寮の掃除に明け暮れていた。

「それから初めての出撃で、湾を封鎖していたイ級を撃沈したとき、深雪を見つけて……」
「あの時、中破した私を見て、提督ってばすごく慌ててましたね」
「当たり前だよ。こんな小さな女の子が、服も艤装もボロボロにして帰って来たんだから」

「人間と違って、憑代である艤装が完全に壊れるまでは、艤装がダメージや熱を吸収して体の方には傷がつかないから平気だって、ちゃんと説明しようとしてるのに」
「あの時はすまなかった」
「話も聞かず、私の服を脱がそうとするんですもん」

「本当にごめん、って」

てっきり吹雪が大ケガをしていると勘違いした提督は、大淀から入渠施設と聞いてた霊薬のお風呂に、吹雪を慌てて放り込もうとしたのだ。

実際のところ、吹雪が言うように艦娘の身体自体には傷はないし、霊薬の風呂は深海棲艦の攻撃で受けた穢れを禊ぎ落とすためのもので、艤装の傷は工廠で修理するしかないのだが。

「まったく、僕は何もかも分からないまま、提督になってしまったからなあ」

提督になる条件は、たった一つ。
資格も経験も学歴も年齢も性別も、国籍どころか人間かどうかすら関係ない。

妖精さんに選ばれることだけ。

ここの提督も、ある日突然部屋の中に現れた妖精さんにチョコをあげてみたら、提督として選ばれてしまった民間人だ。
深海棲艦や艦娘のことをよく知らないままにだ。

「でも、あの時決めたんだよ。提督としては未熟な僕だけど、がんばる艦娘たちのために、少しでもたくさん楽しい生活を送らせてあげられるよう、鎮守府をみんなが帰るべき家にしようって」

「はい、この鎮守府での生活は、とっても楽しいです。あ、モツ煮込み定食、できたみたいですよ司令官」





トレイに載って出てきたのは、大きな深い器に盛られた、たっぷりの牛のモツ煮込みと、丼に大盛りのご飯。
さらに間宮手作りの、なめらかな豆腐の冷奴と、白菜と茄子の漬け物の小皿がつく。

まず吹雪は、レンゲでモツ煮込みのスープをすすった。
味噌をベースとしながらも、醤油の風味も色濃く、その配分からくる後味が絶妙だ。

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