第三話 大人たち
その日の私は目覚まし時計の電子音ではなく、カーテンから漏れる朝日によって目を覚ました。
アラームを設定し忘れたのかと思ったがそうではなくて、自身の耳の違和感でようやく昨日何があったのか思い出す。
耳栓がキュポンといい音を立てて外される。すると何度目かのスヌーズによる電子音が耳に入ってきた。アラームを切ると静かな日曜日の朝が訪れる。
「さすがに、もう終わったか」
色欲の獣二頭による宴。そのまさしく獣のごとき嬌声が壁を越えて微妙に聞こえてくるのに気づいた私は耳栓を使って夜をしのぐことにした。親に喘ぎ声やらなにやら聞かれるのはさすがに可哀そうだと思ったし、何よりうるさかった。ついでに酔って寝ていた夫にも毛布と耳栓を施しておいた。
時刻を見れば就寝してから八時間ほど経過していた。いくら若いとはいえ、この時間までぶっ通しでするほどではなかろう。
着替えて朝食の支度に向かう。居間を見れば昨日の元凶たるチョコと、未だ熟睡している夫がいた。ご飯はタイマーですでに炊き上がっている。
さて何を作ろうかと悩んでいると、階段を誰かが降りる音がしてくる。
「おはよ、母さん」
「おはよう立香。……ひどい声ね」
ダイニングのドアを開けたのは立香であった。長時間喉を酷使したのか声はガラガラで、目には生気がない。よほど行為に没頭していたのだろうと思う。
「顔もひどいけど、何時間起きてたの」
「うーん」立香は壁の時計を見て計算する。「だいたい六時間か、七時間ってところかな」
「ろくっ……!」
私は目をむいて言葉を失う。若さというものを甘く見ていたようだ。つい数時間前まで宴が続いていたというのか。
「さすがに、疲れた」
「マシュさんは、起きてるの?」驚くべき体力に慄きながら餌食となった彼女の心配をする。「というか生きてる?」
「『せんぱいさいていです』って言ったきり、布団にくるまって、口きいてくれなかった」
「それは、また」
「令呪を二つ使ったのは、まずかった」
「れいじゅ?」
「いやこっちの話」
それだけ言って息子はフラフラとテーブルに向かい、自身の席に座った。燃え尽きたのではないかというほどにグッタリと椅子に身体を預ける。
「なに食べる?」
「わかんない」
なんでもいい、とすら言わない息子。相当に疲れたのか、あるいは「先輩最低です」が効いたのか。食欲が湧いていない様子だった。
きっとマシュ嬢も似たような状態だろう、と予想した私は朝食のメニューを決定し、さっそく調理を開始した。
作るのに三十分もかからなかった。ぼうっと虚空を見つめる立香の前にトレイに乗せた朝食を置いてやる。
「これ……なつかしいね」
一口サイズに切り分けた卵焼きと、同じく一口サイズのおにぎりをたくさん。それにミニサイズのウインナーを焼いたもの。それらが二人分トレイに乗っていた。
立香が風邪を引いた時など、食卓に来れないほど弱っている時に作ってあげたメニューだった。手抜きとしか思えないラインナップだし栄養バランスも考えてないけれど、疲れたり食欲のない時にはぴったりだった。いざとなったら素手で食せるというのもありがたかったし、時間を置いて冷めても食べれた。
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