フェザーン占領
帝国歴四八九年一二月二四日。それはのちに帝国軍の歴史の栄光の一ページとして記されることになる日付である。すでにロイエンタール上級大将率いる三個艦隊がイゼルローン回廊で同盟軍と交戦していたが、ラインハルト壮大な戦略、ラグナロック作戦が誰から見てもあきらかな形を持って発動したのは、ミッターマイヤー艦隊がフェザーンに到来したこの瞬間であった。フェザーン自治領が成立して以来、自治領主府はなみなみならぬ努力を傾け、あらゆる政略と謀略によって、非武装中立国家としての性質を一世紀近くにわたって守り抜いてきたのだが、そのしたたかさと狡猾さを押しのけて、初めて帝国軍のフェザーン侵入と占領を達成した日であるのだから。
むろん、それは後世の視点によるものであって、当時はそんな帝国軍の栄光とやらをのんきに考えられる暇などどちらの側にもなかった。フェザーンは突然の事態に冷静に対処できずにあらゆる場所で混乱が発生していたし、占領する側の帝国軍の側からしても民間人への被害を避けつつフェザーンの主要機関や同盟の弁務官事務所の制圧を実施に忙殺されねばならなかったので、今までにない任務に携わる高揚感を感じつつも、終わった後の栄光を考えている余裕などなかった。フェザーン駐在高等弁務官補佐であるフリッツ・クラウゼにしても同様である。
「帝国軍艦隊襲来! 帝国軍の侵略です! 帝国軍の侵略です!」
あらゆるフェザーン・メディアが繰り返しその情報を流しているのを見て、クラウゼは驚愕した。秘密組織からの情報で帝国軍のフェザーン占領があることを事前に知っていたのだが、おそらく二七日以降であると教えられていたのである。だからまだ日にちがあると踏んでいたのに、それより数日早く帝国軍が殺到してきたのだから。しかしすぐに帝国軍の別働隊を率いているミッターマイヤー上級大将は“疾風”と称されるほど高速の艦隊運動を得意とする提督であることを思い出し、隠密行動なのに高速移動なんかやるなよと内心で罵倒した。
ともかく早く行動に移さなくてはならないとクラウゼは慌ただしく服装を整えようとした途端、裸の美女に抱きつかれた。弁務官事務所での仕事を終え、クラウゼは女を買ってさっきまでホテルで楽しんでいたのである。女は顔を青くして、震えるような声で問いかけてきた。
「ね、ねぇ、帝国軍が侵略してきたってどういうこと? あなたたちはなにを考えてるの……?」
「俺が知るか!」
女としては、クラウゼが帝国の高等弁務官補佐の職にある人間であることを知っていたので、当然、クラウゼも帝国の意図を承知しているものと考えての問いであったのだが、冷静に考えれば今回の一件について事前に帝国軍から弁務官事務所に連絡があったのなら、そもそもクラウゼがフェザーンの女を買って遊んでるわけがないということまでは思考がまわらなかったようである。
くわえてクラウゼはこの混乱中になさなくてはならないことがあったので、自分の行動の邪魔をする女に激しい怒りを抱き、怒鳴りつけて暴力を振るって意識を奪った。気を失ったことを確認すると、さっきまで情事にふけっていた女のことを意識の外に放り出し、携帯TV電話を取り出して番号をダイヤルしたが……。
「くそっ! 回線がパンクしてやがる!!」
思わず携帯TV電話を床に叩きつけた。頭の冷静な部分が、こんな騒ぎになれば電話回線がパンクするのも当然だろうと自分の行為を嘲笑い、苛立ちを噛み締めて服をきて、外に飛び出した。こうなったら自分の足で仲間を集め、秘密組織より与えられた任務を遂行するほかない。事前に集合場所は伝えてあるが、早すぎる帝国軍到来に対応できているかどうか……。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/8
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク