ハーメルン
南端泊地物語―草創の軌跡―
第十条「任せることにも責任は伴う」

 戦うことを恐れたことはなかった。
 敵を倒すことは必要なことだと信じていた。いつか敵によって沈められることもあるだろうとも思っていた。それも別段構わなかった。戦いとはそういうものだと割り切っていたからだ。
 ただ、自分の戦いが無意味であることだけは恐ろしかった。何の意味もなく倒し倒される――そんな馬鹿なことはない。
 肉食獣は生きるために他の動物を倒す。
 では、自分たちは何のために相手を倒すのか。
 乗艦する人間たちに問いかけたかったが、あの頃自分にはそうする術がなかった。
 だから、信じるしかなかった。
 自分と仲間たちの戦いが――決して無意味なんかじゃないということを。



 白昼夢のようだった。
 甲板の上でぼーっと立ったまま、どこかの誰かの記憶を垣間見ていたような気がする。

「どうかした?」

 隣にいた叢雲が気遣うような声をかけてきた。

「……いや、ちょっと呆けてただけだ」
「疲れてるんじゃない? 少し休んでたら?」
「大丈夫だよ。それにほら、もう見えてきたみたいだ」

 前方に島影が見えてきた。トラック諸島だ。
 今回はここを経由して横須賀に向かう手筈になっている。ショートランドだけでなく、他の南方拠点の艦隊も一旦ここに集結することになっていた。



「やあショートランドの皆、ようこそトラック泊地へ」

 出迎えに来たのか、埠頭まで仁兵衛が顔を出した。

「お邪魔するよ仁兵衛。他の皆さんもお元気そうで」

 仁兵衛の周囲には、秘書艦の朝潮をはじめとして大淀や金剛たちの姿があった。うちの朝潮・大淀・金剛とはよく似ているが細かいところが異なっている。ベースとなる艦の御魂は共通しているが、受肉する際に依代や契約者たる提督の影響を受けてそれぞれ個性が出るようになっているのではないか、という説があるらしい。
 そんな中、うちにはいない艦娘の姿が目に留まった。視線が合ったことに気づいた彼女は、丁寧にお辞儀をしてくる。こちらも頭を下げた。

 ……彼女が大和型戦艦一番艦、大和か。

 軍艦についての知識がまるでなかった頃から名前は知っていた。戦後に生きる日本人にとっては、日本の戦艦の代表格である。
 大和の依代である艤装は、かつて大規模戦闘で深海棲艦が落とした分があるだけらしい。当時存在すらしていなかったうちには回ってくるはずもなく、契約しようにもできないという状況が続いている。
 ふと視線を感じた。
 どうやら長門と武蔵も大和の方を見ていたらしい。二人ともそれぞれ思うところがありそうな顔をしている。

「お疲れのところ申し訳ないが簡単に状況説明をしておきたい。ブリーフィングルームへ来てもらえるかな」

 仁兵衛の提案に頷く。こちらとしても遊びに来たわけではない。のんびり歓談している場合ではなかった。
 先導する仁兵衛たちの後についていく。
 トラック泊地はかつての戦で南方の重要拠点として扱われていたらしい。今も本土はここを重要視しているようで、同じ『泊地』でもショートランドとは大分趣が違う。設備がとても充実していた。
 艦娘たちの私生活を行うために複数の寮が建てられている。工廠も先日改修を終えたばかりのショートランドの工廠と同程度のものがあった。他にも複数の演習場や司令部棟など様々な建物があるらしかった。

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/8

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析