第二十条「大事なのは行いではなくそこで得たものである」
まどろみから覚めると、筑摩が一人遠くを見ていた。
まだ陽は昇っていない。辺りは薄暗かった。
「……あら、ビスマルクさん。お目覚めですか」
「ええ。筑摩も少し休んだら? 見張りなら私が交代するわよ」
海は静かだった。波の音だけが聞こえてくる。
筑摩はこちらの言葉が聞こえているのかいないのか、じっと彼方に目を向けていた。
「どうかした?」
「……いえ。そうですね、見張りの交代、お願いできますか」
言いながら、筑摩は艤装を身に着けていく。どう見ても休もうとしている様子ではない。
「どこか行くの?」
「はい。ちょっと利根姉さんを迎えに」
「利根? 近くまで来ているの?」
筑摩は偵察機を持っていなかった。おそらく見張りのために飛ばしているのだろう。
その偵察機が利根を見つけたのかもしれないが――なぜこんなところに利根が来ているのかという疑問が残る。
こちらを探しに来たという可能性もなくはないが、利根は確かショートランド島の子どもたちを任されていたはずだ。
「……」
筑摩は表情を硬くしたまま答えない。何か嫌な予感がした。
「……分かったわ。けど一人で行くのは危険よ。私も同行するわ」
「ですが、それでは見張りが……」
「見張りなら誰か起こして頼めばいいじゃない。こういう状況なんだから」
「もう起きとるで」
暗がりの中、龍驤がむっくりと身体を起こした。
「榛名と雪風は全速力でこっち追いかけてきたみたいだし、まだ疲れとると思う。見張りはうちがやっとくから、二人は利根を探しに行ってきたらええ」
龍驤も疲労は溜まっているはずだが、その気配はおくびにも出さなかった。
「すみません、龍驤さん。それではビスマルクさん、一緒に来ていただけますか」
「ええ」
手早く準備を済ませる。先の戦いで艤装はそれなりの損傷を被ったが、まだ自力航行や戦闘は可能だった。
榛名たちを起こさないよう静かに島を離れる。
「けど、利根はなぜこんなところに……?」
「……おそらく、母艦に何かあったのだと思います。敵の増援部隊の襲撃を受けて逃げてきた、というところではないでしょうか」
筑摩の言葉で不安が募る。
島風は間に合わなかったのだろうか。
他の皆は無事なのか。
ここでうろたえたところで仕方ないというのは分かっているが、それでも心中ざわつくのは抑えられなかった。
筑摩の先導に従ってしばらく夜の海を進む。やがて筑摩のものと思しき偵察機の音が聞こえてきた。
「もう近いのかしら」
「ええ。そろそろ視認できる距離になります」
筑摩の言葉通り、前方にぼんやりと人影らしきものが見えた。おそらく利根だろう。
いろいろとあったが、何だかんだで無事だと分かるとほっとする。
しかし、その安堵は近づくにつれて少しずつ打ち消されていった。
徐々にはっきりとしてきた利根の姿は、決して無事とは言い難いものだった。
衣服はあちこちズタズタになっており、そこかしこに流血の痕が残っている。
艤装は酷くボロボロで、海の上で立っているのは不思議なくらいの損傷を受けていた。
「利根姉さん……!」
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