ハーメルン
南端泊地物語―草創の軌跡―
第三条「失敗や喪失を恐れるなら無理をするな」

 ホニアラから持ち帰った物資で島の状況は改善した――と言いたいところだが、事態はそう甘くなかった。
 あれからまた数日が経過している。ホニアラから運び込んだ食料はとっくに尽きていた。

「うちの母さんも、最近辛そうにしてるんだ」

 村々との連絡役が板についてきたナギも、ここ数日でめっきり元気がなくなっていた。一緒にいるナミも痩せてきている。
 かく言うこちらもあまり健康的な状態とは言えない。朝からどうにも調子が悪い。

「大淀、うちも人員が増えてきたことだし、まずシーレーンの確保を最優先で進めていきたい。それもなるべく早く」
「了解です。……実はそれに関して一つご報告したいことがあるのですが」

 そういえば先ほど哨戒から戻った曙たちから報告を受けていた。何かあったのだろうか。

「すまない、ナギ、ナミ。これから内々の話がある」
「分かった。……頑張ってね、おじさん」

 気力の感じられない声を残してナギは出ていった。
 この小屋に残っているのは執務を手伝ってくれている叢雲と大淀だけだ。

「曙たちが先ほど哨戒中に大型の深海棲艦を発見したそうです。おそらくは戦艦クラスかと」
「戦艦……駆逐艦や軽巡洋艦よりもずっと大型の艦だな」

 現在、うちの艦隊には軽巡洋艦より大きな艦はいない。ホニアラ出発前から比べると新たに如月・長月・吹雪・朧・響・電・初春・天龍・龍田・木曾の建造――契約に成功した。しかし彼女たちはいずれも駆逐艦もしくは軽巡洋艦だ。

「率直に聞きたいが、現有戦力で戦艦クラスの深海棲艦を相手に戦うことはできるか?」
「難しいわね」

 叢雲が答えた。この手のことは実際に前線に出ている叢雲の方が詳しい。

「少なくとも日中正面からの艦隊戦じゃ太刀打ちはできない。魚雷を直撃させればなんとかなるかもしれないけど、確実に当てるためにはかなり接近する必要があるわ。けど、戦艦の主砲は駆逐艦や軽巡洋艦と比べてとても長い。敵の砲撃の雨をかいくぐって至近距離から魚雷を放って離脱する。……経験を積んだならまた話は違うと思うけど、今の私たちじゃ相応のリスクを伴うわね」
「……奇襲を仕掛けるなら?」
「海上で奇襲を仕掛けるなら闇夜に乗じてやるしかないから時間が限られるけど……そうね。その場合日中よりはリスクは幾分下げられると思う」
「幾分かは、というくらいか。やっぱりリスクは避けられないんだな」
「できるなら相手にしないのが一番だけど……それが難しい状況だったりするの?」

 叢雲の問いに大淀が頷いた。ホニアラでもらってきた地図を広げて戦艦の出現ポイントを指し示す。
 そこは、ソロモン諸島とパプアニューギニア、オーストラリアの海を結ぶ要所だ。

「……ウィリアムさんや長崎さんは近隣諸国との輸送ルートが強力な深海棲艦のせいで確立できないと言っていた。もしかしてその戦艦クラスの深海棲艦がそうなのか?」
「おそらくは。少なくともここに陣取られていては他国とのやり取りに支障が出ます」
「どうにかするしかないか。……ただ、不安は残るな。戦艦クラスの艤装建造は?」
「正直、今の設備だと軽巡洋艦以上の建造は難しいかと思います」
「対等の条件で臨みたかったが、それは無理か。こっちにはあまり時間もない。現有戦力でどうにかそいつを倒すしかないな」

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