ハーメルン
南端泊地物語―草創の軌跡―
第七条「恐れと失敗を知ったならそこから更に進め」

 大海原に艦隊が展開している。見る者を圧倒するその威容に、新八郎の口から感嘆の息が零れた。

 ……これが味方で良かった。

 正直なところ、今のうちの艦隊ではまったく歯が立たないだろう。
 横須賀鎮守府とトラック泊地の艦隊である。
 トラックの仁兵衛が要請していた本国からの援軍だった。
 浜辺で出迎えのために立っていると、小舟が二つ近づいて来た。
 一つは仁兵衛たちの船だ。相変わらずの細目でにこやかに笑いながらこちらへと手を振ってくる。
 もう一つの小舟に乗っているのは、肩幅の広いがっしりとした体格の男性だった。年の頃は自分や仁兵衛よりも一回り上のように見える。会うのは初めてだが、既に何度か話をしたことはあった。
 男は小舟から砂浜に降り立つと、意外に人懐っこい笑みを浮かべて手を差し出してきた。こちらがそれに応じて握手を交わすと、低くて渋味のある声で、

「三浦剛臣だ。改めてよろしく頼む」

 と名乗った。
 横須賀鎮守府の提督であり――最高の提督と評される英傑だ。
 彼自身提督として本格的に横須賀鎮守府で活動を始めたのは半年程前からだというが、彼と彼の率いる横須賀鎮守府の艦娘たちは国民たちからの人気も高く政府からの信頼も厚いと聞いている。現状日本が保有する対深海棲艦の切り札とも言える軍勢の指揮官というわけだ。

「伊勢新八郎です」
「こうして会えて嬉しく思う。微力ながら我々も深海棲艦との戦いに協力させてほしい」
「願ってもないです。私たちだけでは到底太刀打ちできない相手なので」
「挨拶は澄んだかい?」

 少し離れたところから仁兵衛が声をかけてきた。

「時間が惜しい。こうしている間にも深海棲艦は勢力を拡張しているかもしれないんだ。早速会議を始めよう」
「毛利の言う通りだ。新八郎、執務室で良いか?」
「ええ。今ご案内します」

 三浦の側には吹雪が、仁兵衛の側には朝潮がついていた。どちらも彼らの初期艦なのだという。
 二人とも落ち着いていてただ者ではなさそうな雰囲気をまとっている。特に吹雪は所作に隙がない。素人目でも分かる凄味が感じられた。
 執務室に着くと早速会議が始まった。

「現状当泊地の三分の二がこことホニアラの中間地点に位置するこの島で敵勢力の漸減を目的とする作戦を行っています。これについては比較的順調に進んでおり、今は少し手を止めて様子見をしている状態です」
「良い判断だと思う。調子に乗り過ぎて手を出し続けると敵が本腰を入れてこちらに迫ってくるかもしれないからな」

 三浦の分析に仁兵衛が頷く。向こうで指揮を任せている金剛もまったく同じことを言っていた。優秀な指揮官は見解も似るのだろうか。

「彼我の戦力差はこちらがかろうじて上回る程度か。無理に攻めかけるのは愚策だな」
「特に敵さんは航空戦力が充実してる。こっちはその点少々心許ない。本拠地から連れ出せる航空戦力にはどうしても限りがあるからね」

 仁兵衛が肩をすくめる。
 航空戦力――主に空母たちは艦載機を用いて広い範囲での活動をカバーすることができる。それ故に本拠地に置いて敵の襲来への備えとしておくのが有効だった。だから逆に遠征要員にするのは大きなリスクを伴う。
 今回派遣されてきた横須賀・トラックの戦力も戦艦・重巡洋艦・軽巡洋艦・駆逐艦が中心だ。

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