ハーメルン
田中太郎 IN HUNTER×HUNTER(改訂版)
第一話 【原作前】

 梅雨の気配が色濃く残ったある日の朝。
 何時ものように大音量の目覚まし時計に叩き起こされ、のそのそと万年床から起き上がる。
 枕元のタバコに火をつけ大きく煙を吸い込むとぼやけていた視界と意識がはっきりしてきた。

「もう朝か……」

 昨日は栄転する上司の送別会で深くまで付き合わされ、家にたどり着いて寝たのは4時を回っていた。
 現在朝8時過ぎ。たった4時間弱の睡眠では疲れはおろか、酒さえ抜けていない。正直な所、今すぐ布団になついて爆睡したい気持ちで一杯だ。
 重要な案件がなければ体調不良で休もう……そう思って、愛用の黒いスマートフォンを手に取りメールフォルダをチェックするとそんな俺の気持ちなどお見通しだと言わんばかりのメールが1件。

『取引先の朝倉様よりTell有。打ち合わせを本日の午前中に変更したいとのこと』

 合理的な同僚の性格がよくわかる簡潔すぎる文章に肩が落ちた。よりにもよって今日、それも午前中に変更したいとかイジメとしか思えない。
 重い体に鞭打ちながらシャワーを浴び、コーヒーを胃へ流し込む。
 ちらりと時計を見るともう8時半、始業時間は9時なのでギリギリだ。手早くスーツに着替えバックを掴んで玄関のドアを開けた……はずだった。


―――――目の前に広がるのは青々とした地平線まで続く草原。


 気持ちのいい風が頬を撫でた。足元を見ると、子供の頃よくみた緑のバッタがぴょんと草の間から飛び跳ねた。

「…………え?」

 何度も目を瞬かせ確認するが結果は変わらない。
 きっと疲れすぎたせいで幻覚でも見ているのだ。うん、きっとそうに決まっている。今すぐ会社に電話して休暇を取って寝なおそう。取引先には悪いがこんな状態ではまともに仕事になるはずがない。
 そう思って後ろを振り返ると開けたはずのドアはそこにはなく、同じような草原が延々続いていた。心臓が早鐘を打ち、冷汗が伝った。

「落ち着け、俺。深呼吸だ、深呼吸。とにかく会社に連絡……」

 この時頭を占めていたのは無断欠勤だけはやばいということだけだった。ぶるぶる震える手でポケットから携帯を取り出し、勤め先の部署を呼び出す。
 プップップ……コール音がいつまで経っても聞こえない。画面を見るとアンテナ本数は0。

「圏外か……」

 諦めて大の字で寝転がると嫌味なほど雲一つない真っ青な空が見えた。

「ここどこなんだよ」

 こんな広い草原は俺が住んでいた東京にはなかったはずだ。北海道か、はたまた海外のどこかの国なのか。
 夢であってほしいとは思うが、草の感触や土の匂いがそれにしてはリアルすぎた。

 どれくらい経っただろうか、しばらくぼーっとしているとドドドドッという地鳴りが響き、大地が大きく揺れはじめた。
 すわ、地震かと慌てて起き上がると遠い地平線の彼方に砂煙の様なものが立ち上っていた。
 スーツに付いた汚れを払いながら立ち上がり、砂煙の方へと恐る恐る近づいていく。

「何だ……あの集団」

 100人くらいだろうか? 遠目にもよく鍛えられたマッチョと呼んで差支えない男たちが我先に地面に突き立ったポールへ殺到している。ある者は上にいるものを引きずりおろし、ある者は下にいる人間を蹴落としている。阿鼻叫喚の地獄絵図。まさにその言葉がぴったりな光景だった。

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