ハーメルン
一撃のプリンセス〜転生してカンフー少女になったボクが、武闘大会を勝ち抜くお話〜
少女の誇り

「……よし、バレてない」

 建物の壁に寄りかかりながら、ボクは小さくガッツポーズした。

 ボクは現在、『公共区』にある『競技場』の壁際に来ていた。予選大会が行われる予定の大きな建物だ。

 空はすでに夕方。あかね色に燃える夕日が、西の彼方へ向かいつつあった。

 【武館区(ぶかんく)】での最初の大立ち回りの後も、ボクは何度も『鈴』を狙う武法士と戦い、そして蹴散らした。

 予想はしていたが、やり始めたらどれだけやっつけてもまるでキリがないのだ。堂々としていればしているほど、敵は無限に増えていく。

 そんなことを日没までずっと続けていたら、流石のボクでもヘトヘトになってしまう。

 なのでボクは、こそこそと行動することにした。

 抜き足差し足忍び足。一歩一歩をゆっくり踏み出す、空き巣のような歩き方。この歩き方なら、踏み出した時に起きる振動は最小限で済み、『鈴』も鳴らない。

 ボクはこの空き巣歩き(今名付けた)で、【滄奥市(そうおうし)】を移動するようにした。

 その甲斐あってか、周囲の武法士に『鈴』の存在がほとんどバレる事なく、残り時間を過ごせた。

 ……代わりに、道行く人たちから奇異の目を向けられたが。

 現在に到るまでのボクの過ごし方は以上である。

 長い戦いだった。たった数時間が数日に感じられそうなほどに。

 しかし、いい加減それも終わる。

 もうすぐ日没だ。日没になれば鐘が鳴る。そうしたら、最初に『鈴』を渡された場所まで一気にダッシュする。そして『試験』は合格。晴れて予選大会出場決定というわけだ。

 行き交う人々を観察する。武法士は整った姿勢と、足裏が地面に吸い付くような安定感のある歩行ですぐに見分けがつく。

 やはり武法がそれなりに盛んなのか、結構な数の武法士が混じっていた。あの中に、一体どれだけの『試験』参加者がいるだろうか。

 しかし、関係ない。日没の鐘までここでジッとしていれば、エンカウントバトルの心配はない。ボクに『試験』参加者の見分けがつかないのと同じように、相手もまたボクが参加者であることは分からないはずだ。『鈴』を鳴らさない、という前提があればだが。

 だがその時。

 ――ミギャアアアアッ!! ミギャアアァァァ!!

 突如、近くをうろついていた二匹の猫がケンカし始めた。

 聞く者の心を鷲掴みにするようなおぞましい叫びにボクは驚き、思わず飛び上がる。

 そして、その振動によって『鈴』がシャラン、と鳴ってしまった。

 ……しまった。鳴らしちゃった。今まで振動を起こさないよう忍び足で一生懸命進んで来たのに。ここで誰かにバレたら今までの苦労が水の泡だ。

 ボクはキョロキョロと首だけ回して周囲を伺う。

 そして、すぐそばを歩いていた男と目が合った。そしてその男が武法士であることは、前述した身体的特徴からすぐに分かった。

 男はボクを指差し、長らく探していたものをようやく見つけたような表情で叫んだ。その反応こそ、『試験』参加者であることの何よりの証拠だった。

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