第十八話 鍛冶師と鍛冶神
「おや、ファーナムではないか!」
「む?」
そうファーナムに声をかける者がいた。場所はオラリオのメインストリート、時刻はもうすぐ昼に差し掛かろうとしている頃だ。
アイズたちが再びダンジョンに潜ってから数日が経つ。その間ファーナムは本拠の書斎でオラリオについての書物を読んだり、またはこうして街の中を目的もなく歩いたりしていた。
街を歩く時には何者かの接触には注意を払っていた。相手もわざわざ目立つような真似はしないだろうというロキの読み通り、大通りで声を掛けられるような事はなかった。しかし待てどもそれらしき人物と遭遇する事はなく、今日にまで至る。
この日も何事もなく終わってゆくのだろうか。そんな事を思っていた、その時だった。
ファーナムの目の前に立っていたのは浅黒い肌をした女だった。以前に工房で会った時とは違い、さらしだけを巻いていたむき出しの上半身には上着を身に着けている。服装には特に関心がないのか、随分とはだけているが気にした様子はない。
眼帯をしていない方の目に喜色を浮かべ、その人物……椿・コルブランドは、気軽に手を振って挨拶をした。
「久しいのファーナム。全く、あれから一切連絡もせんで」
「あれから?」
「なんだ、覚えとらんのか!」
ファーナムのそっけない反応に、椿は呆れたように声を上げた。何の事を言っているのか本気で分からないファーナムはどうにか思い出そうと記憶を掘り返す。が、やはりどうしても思い出せない。
それを察したのか。はぁ、と溜息をつき、椿はその内容を口にした。
「前に言っていたであろう。直剣が欲しいと」
「……あぁ」
そこまで言われてようやく思い出す。
『怪物祭』の一件ですっかり忘れてしまっていたが、確かに椿に武器の作成を依頼しようとしていた。
本来なら細かい注文や予算などを相談するはずが、あそこで話が終わってしまっていた。仕事を持ちかけた手前、職人である彼女には申し訳ない事をしたという思いがファーナムの胸中に浮かび上がる。
「すまない、すぐにあの時の続きを……」
「いや、その必要はない」
謝罪の弁と共に依頼の続きを相談しようとするファーナムの言葉を遮る椿。訝しんだ様子のファーナムに対してにやりと口の端を吊り上げ、次の瞬間には彼女は破顔させてこう言い放つ。
「もう作った」
「………」
……何と言うべきか。
確かに依頼を中断してしまったが、それでも詳細な注文も聞かずにさっさと作成に移ってしまうとは。行動力があると言えば聞こえは良いが、果たしてそれは客を持つ鍛冶師としては如何なものか。
閉口しているファーナムを気にする事もなく、椿は勝手にその後についてを語り始める。
「いやな?お主の持ってきた武器を見たらの?何というか制作意欲が湧いてきたというか、とにかく一振り作りたくなってしまったのだ!せっかくだからお主の依頼にあった直剣を作ってみたのだが、これがまた中々に良い出来でだな……!」
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