ハーメルン
ロクでなし魔術講師と月香の狩人
第9夜 因縁は断たれず

『――任務、お疲れ様です』


 耳に当てた宝石型の魔導器より響くその声。
 暗い夜闇のさらに深奥。
 人目の届かぬ闇黒の領域に、その人物の姿はあった。

 角を備え持つ獣皮の頭巾。
 血に濡れ、獣皮を羽織ることで乾くことのない深紅を帯びた異邦の衣服。
 数年ほど前より、アルザーノ帝国の夜を騒がせている怪人。
 血に濡れた外套を纏う『血塗れの殺人鬼』……その偽者である男だ。


『隠密に優れた術の担い手とはいえ、はぐれ魔術師如きに我が組織の秘密を知られてしまったとは。
 此度の一件、貴方様のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません』

「構わん」


 魔導器越しの相手の言葉を、ひどく興味なさげな口調で応じた。
 元より秘密を知った相手を始末するなど、男にとってはごく当たり前のことであり、それが彼に与えられた唯一の仕事(しめい)だ。
 それにこの魔導器越しの相手も、心底より彼に対して謝罪をしているわけではないのは、その声音から容易に察することができた。


「お主たちが如何な不手際や失敗を晒そうとも、その後処理を私がこなせば済むだけのことだ」

『ええ。ですが、今回の一件は何とも情けない話で……』

「情けなかろうと何であろうと、これが私の仕事であり、お主たちとの間に交わした契約だ。
 それに……これ以上、お主の心の籠らぬ謝罪など聞いていても、無駄に時を浪費するだけだ」

『……』


 耳に当てた宝石から声が途絶える。
 その代わり、間もなくしてクスクスと笑い声のようなものが聞こえ始め、男の耳をその音で満たす。
 耳障りに響くその笑声には確かなる悪意が込められていて、その声の主の本質が窺えた。


「……本題に入ろうか。それで、お主は何の用で私を呼び出した?」

『っふふ……ええ、そうですね。では、貴方様のお望み通り、()()に移るとしましょう』


 何者も知らぬ暗がりの中で行われる会話はやがて終わりを告げ、全てを聞き終えた男は通信を切り、闇の中から空を見上げる。
 天に頂く満月は、今宵も淡く、そしてどこか怪しげな光を以て地上を照らしている。
 だが、そんな月光でさえ真なる闇――その深奥に隠れ潜む者共の姿を照らし暴くことは不可能だ。


「嘘か、真実か……あの狂人の言葉に信を置くことに危険がないわけではないが……」


 それでも、きっと行かねばならないのだろう。
 いや、そうでなければならない。
 如何なる苦難、危険が待ち受けていようとも、彼には為さねばならぬ使命がある。
 例えあの悪夢より解き放たれ、こうして再び肉の体を得ようとも変わらない。
 
 秘密を――教会の秘匿たるあの漁村の存在を知った者には、終わりなき死を与える。
 それこそが、彼――教会の刺客、狩人ブラドーの使命なのだから。


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