第9夜 因縁は断たれず
つまり彼女は現在、下手に動くことのできない状況にあり、その全てを解決できる鍵はグレンにあること。
「ふむ……お前にしか打破できぬ状況」
姿勢は崩さぬまま、左目のみを伏せて呟きを漏らす。
かの大魔術師、『灰燼の魔女』ことセリカ・アルフォネアについてはよく知っていた。
町医者としての表向きの姿と、狩人としての本来の姿の時においても直接的な関わりこそ多くはなかったが、良くも悪くも彼女は有名人で、それ故か情報も山というほどに存在した。
400年の永き時を生きる『永遠者』。
200年前の戦争においては、外宇宙より召喚された邪神、その眷族を見事討ち果たした伝説を持つとされる、間違いなく大陸最高最強の魔術師だ。
その彼女でさえ動くことの叶わない状況となると、それは単純な力でどうにかなるようなものではない、もっと複雑かつ難解な状況に違いない。
「……小僧。貴様、何か心当たりはないのか?」
「あったらこんな風に悩んじゃいねぇよ」
諦めとさえ取れるその言葉を、だがギルバートは尤もであると受け取った。
いずれにせよ、情報が少ない。このまま行動したとして、はたして事が上手く進むかどうか怪しいところだ。
女王のもとへ向かう前に、解決策の1つか2つは考えていかねば、待っているのは失敗――最悪は死だ。
(『天の智恵研究会』がそう易々と諦める筈もない。となれば、奴らがまた彼女を狙うのは必然であり、今ここでルミア=ティンジェルに死なれるのは、俺にとっても手掛かりを失うも同然……それはよろしくない)
「――っ!」
不意に。
抜き身の刃にも似た殺気が彼らを襲う。
その殺気に反応したギルバートは、ほぼ反射に近い形で右手のノコギリ鉈を長鉈形態に変形させ、その肉厚の刃を振るった。
ギィン――! と鳴り響く鋼同士の打ち合う音。
噛み合う2つの刃越しに見えるのは、尻尾のようになびく青い長髪。
顔は驚くほどに無表情で、それ故に感情が一切読み取れず、ある種の不気味ささえ感じられる。
「――リィエル!?」
――リィエル。
そう。確かそんな名前だった。
表情そのものが死滅してしまったと言っていい程の無表情。
幼さを残した顔付きに、小柄な体躯とその外見には似合わぬ、鉄塊が如き大剣。
あの夜。初めて特務分室と接触した際に顔を合わせた魔導士。
グレンと共に『血塗れの殺人鬼』を手こずらせ、その特大の刃で以て彼の命を刈り取りに掛かった少女魔導士。
「――リィエル=レイフォード。突撃一辺倒の猪め……」
「今度は逃がさない。――斬る!」
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