第9夜 因縁は断たれず
「一縷の希望……はたしてそれは応えてくれるかね」
そんな呟きを最後に残して、狩人ブラドーの姿は夜闇の内から消失。
そして街は変わらぬ夜の中、朝陽が来るのを待ち続けるのだった。
*
偽者が現れたらしい地方都市を離れ、早数日。
ギルバートはその装いを狩人の黒装束から町医者としての白衣姿へと変え、馬車に揺られながらようやくフェジテの街へと辿り着いた。
普通ならば、このまま診療所の方へと帰宅するのだが、どうも街の様子が妙ににぎやかだ。
人々のにぎわいを頼りに、視線をあちらこちらへと向けるとその要因たるは街の最奥、魔術学院にあると理解し、そこで今何が行われているのかを彼は思い出した。
「そうか。今日が競技祭だったか」
件の事件が起きた地方都市に赴く前に、そろそろ競技祭開催の時期であることは知らされていた。
とはいえ、所詮は医務室の法医師補佐に過ぎない彼は担当のクラスを持っているわけでもなく、去年の競技祭――より正確には、競技祭内で使われた魔術の数々を見て十分に満足したため、今年の競技祭に関してはそこまで興味はなかった。
加えて今回の偽者が起こした殺人事件もある。
これまでギルバートが帝国政府に抹殺ではなく、捕縛の条件で狙われていたのは、偏に彼の殺害した人物たちの種類によるものだ。
悪行を働く外道魔術師たちを、その理由はともかく悉く殺戮してきた彼は帝国の民衆たちにとっては英雄も同然であり、それは以前の血文字による警告の件を経て、支持者の数が減少した今でも同じだった。
今はまだ目立った動きはしていないようだ。
だが今後、何の関係もない一般人に手を出すようなことがあれば、『血塗れの殺人鬼』は外道殺しの狩人から、単なる殺戮者へとなり下がる。
(それだけは絶対に避けねば……)
民衆からの支持は、時として足枷になることもあるが、ギルバートにとっても都合の良いものだった。
国とは民あってこそ成り立つものであり、その基盤たる者たちが暴走でもすれば、少なからず帝国に影響がでることはまず間違いない。
故に政府も『血塗れの殺人鬼』を抹殺することは避け、秘密裏に捕縛する道を選ばざるを得ない状況なのだが、その殺人鬼が真に単なる殺戮者へと成り果てれば、政府はそれを機にギルバートを抹殺しに掛かるだろう。
いや、死ぬこと自体に恐怖は無い。
そもそも死してもそれは“夢であった”と片付けられてしまうギルバートにとって、死とはまだ恐れるに足りぬ概念なのだ。
問題は殺されること自体よりも、政府に追われるという状態だ。
未だ目的を果たせず、そのために各地へ出向くことも少なくないギルバートにとって、これは非常に厄介なことだ。
自由に行動できる現状態を崩させぬためにも、偽者には消えて貰う必要があったのだが……。
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