第7夜 ギルバートという男
「や、やめっ――!」
ザンッ――!
無様な姿で命乞いをする男の言葉に耳を傾けることなく、血に塗れた長鉈の刃が振り下ろされた。
鍛え上げられ、世に名立たる名剣、名刀に劣らぬ切れ味こそ有してはいても、元々鉈とは重さで切ることを目的とした道具だ。
それは対獣用に作られた『ノコギリ鉈』も例外ではなく、遠心力の加わった一撃を受けた男の頭蓋は潰れるように両断され、原型を失った脳髄が血液と共に周囲にはね跳んだ。
「ふん……」
刃に付いた血を払うべく、男を殺した黒装束――狩人ギルバートは長鉈を軽く一閃した。
ガチャリ、と機械的な音を鳴らし、ノコギリ鉈が長鉈形態から通常時の鋸形態へと移行する。
これだけならば普段と変わらぬ外道魔術師狩りなのだが、今回の彼の行動場所はフェジテではない。
フェジテから北西に進んだ地方にある、とある都市。
学院の存在するフェジテや、帝国の首都であるオルランドと比べれば広さではやや劣るも、毎日人々の活気的な声が止まぬ明るげな街だった。
だが先週、その街を起点に奇妙な噂が広まり始めたのだ。
いや、この国に住まう人々ならばソレを奇妙に思うことはないだろう。
その噂を何故、奇妙であると考えるのは、おそらくギルバート唯一人のみだ。
“『血塗れの殺人鬼』、出現”――それがこの地方都市において、最近有名になっている噂だ。
(だが、おかしい……)
噂が出回り始めたのは先週。
実際に出現したのがそれより前だとしても、『血塗れの殺人鬼』はその頃フェジテに居た。
そこで矛盾が発生してしまう。
ギルバート本人がフェジテに居たにも関わらず、同じ時の違う場所で殺人鬼が姿を現している。
身を2つに分けでもしない限り、そんなことはできず、そしてギルバートにそんな奇術は使えない。
となれば、考えられる可能性は1つ――偽者だ。
「とはいえ、見つけられたのはいつもの外道か……」
診療所を休業にし、学院の仕事も休んでまでここに来たというのに、この数日中に得られたものはフェジテ同様、外道共の命のみ。
流石に例の結社から放たれた刺客は来ないが、どの地に行こうとも外道というものは存在するらしい。
それが大なり小なりと差はあれども、人の命を道具や玩具と扱う連中を生かしておく必要は無し。
これまで通り、ただの1人も例外なく鏖殺してきたが、結局件の偽者殺人鬼を捕えるには至らなかった。
(今晩で切り上げるか……これ以上診療所を空けておくのは、よろしくない)
折り畳んだノコギリ鉈と短銃を手に、その場から去ろうと歩を進め……
「――!」
直後に感じた殺気に反応し、後方へと大きく跳躍した。
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