第7夜 ギルバートという男
横への回避ではなく、後方への跳躍と判断したのは正解だった。
何せギルバートの居た場所には今、轟々と燃え盛る豪炎が生まれ、石畳を黒く焼き焦がしているのだから。
「チッ……直前で気付かれるとはのぉ」
感じた殺気とは異なり、その主の口調はどこか飄々としたものを感じさせた。
街の裏路に現れたのは、非常に大柄な筋骨隆々たる老人だった。
夜闇を見通す狩人の目を持つからこそ、はっきりと見えるその姿。
岩から削り出したような顔付きと、溢れ出る貫禄をさらに増させている灰色の口髭。
黒を基調とした魔導士礼服の袖から伸びる両腕には今、灼熱の劫火が宿り、炎の拳を成している。
「しっかし、衰えたとは言ってもわしの拳を避けるとは大したもんじゃ」
「……その礼服、『特務分室』か」
ギルバートの呟きに、老人は口髭に覆われた口をニヤリと歪ませる。
『特務分室』。かつてグレンが所属していた組織。
凄腕の魔導士たちが集うその集団は、主に魔術絡みの案件を対処する部署だった筈だが、まさかこの街に来ているとは。
いや、寧ろ来て当然か。
何せギルバートは2年前、当時まだ特務分室に所属していたグレンと、青髪の少女――リィエルとかいう少女魔導士を相手に戦い、見事打ち負かして見せたのだ。
相性や使用した道具などの存在があっても、かの魔導士団に属する2人を相手に勝利した彼の存在を政府が低く見る筈もなく、あの戦闘を切っ掛けにギルバートに対する危険度は大きく跳ね上がったのだ。
そして今回の『血塗れの殺人鬼』出現の噂。
フェジテを離れ、この街にやって来た彼の行動を怪しく思うのは当然のことで、故に政府は特務分室から彼――否、彼らを派遣してきたのだろう。
「……もう1人、か」
「ほう? もう気付いておったのか、いやはや鋭いのぉお前さん」
「――笑い事じゃないですよ、バーナードさん」
はっはっは、と笑う老人ことバーナードを諫めるように、通路の影から別の人物が彼の前に姿を晒した。
もう1人の人物――おそらく少年と言っていい年頃の若年魔導士は、先のバーナードとは対称的に細身で、だが見掛けよりも大分大人びた印象を受ける男だった。
緑がかった髪、首元を覆う紫のマフラー。
細身の体躯からひ弱に見えてしまう者もいるだろうが、それは大きな間違いだ。
単純な肉弾戦でならば、きっと彼を上回る輩は数多にいるだろう。
だがそういう輩に限って、別の方面――特に魔術とかいう得体の知れない術技においては、並外れた実力を有しているものなのだ。
「特務分室が2人……俺を殺しにでも来たか?」
「まるで人んとこを殺人集団みたいに言うでないわ。人聞きが悪いじゃろう」
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