第7夜 ギルバートという男
金銭もなく、故にその日の食事さえも満足に摂れないグレンとしては、まさに救いの手そのものだったわけだ。
その後様々なこともあって、どうにかクラスの生徒全員をやる気にさせることには成功したのだが……
「あー……腹減った。セリカ、マジで何でもいいので何か食べられるもの、もしくはお金をプリ――」
「駄目だ。少しでも恵んだら、お前その後続けて求めてくるだろうが」
「チッ……」
事が上手くいかないのは、この19年を通して嫌というほど思い知って来た。
そもそもあの時、ハートの3が来るのが悪いだの何だのとグレンがブツブツ言っている一方、セリカはセリカで考え事をしていた。
(医務室のギルバート……そう言えば、私もあんまり知らないな)
ふらっと現れては、何かの助言らしいものを残して去って行く大柄な医療者。
およそ医者とは思えない体躯からして、このアルザーノ帝国にやって来る前は故郷か、それとも別の国で従軍でもしたのだろうか。
いまいち正体の掴めない男ではあるが、これといって目立つ人物でもなく、セリカも彼に対しては然したる興味を抱かなかった。
「んー……あの男は一応、こっちでの仕事は副業みたいなもので、本業は確かフェジテで町医者をしてる筈だったな」
「あ、それはもう聞いてるぜ」
「そうか。まあ私も直接聞いたわけじゃないんだが、評判はそれなりに良いらしいぞ?」
「それだけか?」
「……? ああ、それだけだが?」
「そっか……」
何かを納得したように何度も頷くグレンと、その様子を不思議そうに見つめるセリカ。
少し変わった親子の様子を、他の誰かが見ているわけでもなく、暫くしてグレンはセリカに礼を言い、その場から去って行った。
もしかしたらグレンの補佐を務めるかもしれない男、ギルバート。
これといって特徴のある人物でもないのだが、この時何故か、セリカは彼の存在をすぐに記憶の片隅に置くことができなかった。
老いを知らぬ、人外に近しいこの身が警鐘を鳴らしている気がしたのだ。
あの男は怪しい。何かを隠している。
それは真実かどうかはともかく、このまま何でもないただの町医者として片付けていい気はしなかった。
「……今度軽く挨拶でもしてくるか」
そんな呟きを最後に残して、セリカもグレンとは反対方向へと歩み出し、廊下の先へと進んで行った。
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