ハーメルン
アタランテを呼んだ男の聖杯大戦
思惑

「これは今日も外れかな……」

 肩を落とし、アルは呟いた。正面に座るアーチャーは無言で、通りを眺めている。

 昼と夕方の間にあたる時間帯。テラス席のパラソルが、辛うじて日除けになっている。
 以前に”赤”のセイバーと出逢ったこの店を選んだのは、いよいよジンクスに縋るしかなくなってきたからだが、それを聞いたアーチャーの眼は冷ややかだった。
 同じ制服に身を包み、そのうえ片割れが古臭い帽子を被っている奇妙な二人組は、それなりに通行人の気を惹いた。尤も女のただならぬ雰囲気に、声をかけてくる者は店員しかいなかったが。

 こうしてアーチャーと二人、シギショアラの街を徘徊するのはもう二日目になる。
 この二日、裏路地から大通り、宝石店から教会までひたすらに歩き廻った。途中、帽子屋に寄った際、彼女に新しい帽子を買おうとして「無駄なことをするな」と怒られたのも記憶に新しい。
 だが依然、本来の目的は何ら達成されていない。
 適当にうろついていれば、黒の方から接触してくるだろうという目論見は、どうにも失敗に終わりそうな空気だ。黒の陣営が壊滅状態にあるのか、トゥリファスに身を隠しているのか、もうアーチャーとの共闘はない、と判断されているのか。アルには皆目見当がつかない。

「やっぱり敵だと思われているのかなぁ……?」

「敵と判断したなら、襲撃を仕掛けるはずだ。数では向こうが勝っている。仮に一騎でも、少し歩いただけで疲れたなどと抜かすマスターを狙えば、充分勝機がある」

 アーチャーが小さく口を開いた。
 さりげなく述べられた皮肉は、しかし前ほど辛辣な響きを帯びていない。……というのは自分の期待に過ぎないかもしれないが、取り敢えず無視して、脚の代わりに頭を動かす。

「つまりもう黒はやられたか、無視されているか、監視を受けているかってこと?」

「監視を受けている――だろうな。十中八九は」

「監視かぁ……」

 周囲を見廻すが、当然サーヴァントが路上を歩いている訳もない。
 アルにできることは、こうして囮の役目を果たすことだけだ。とはいえ昼夜問わず、不眠の歩き通しで、疲労がひどく蓄積している。まったく、囮すら満足にこなせないとは……。
 休憩をとるにしても、アーチャーが内心苛立っていそうで、おちおちくつろいでいられない。恨むのは自分の貧弱さである。

「監視に付けるとしたら――、アサシンかアーチャーかな」

「だろうな。人混みを歩く時は気をつけろ」

「人混み……? 白昼堂々、天下の往来で仕掛けてくるって?」

「サーヴァント次第だろうな。人通りの中、他人にばれぬようひっそり処理する方法など、幾らでも思いつく」

 冗談のつもりで言ったものを、彼女が大真面目に返答してきて、背筋に寒気が走った。確かに常在戦場の心構えを持てとは言われたが、例えば今も危機が――?
 思わず手にしたカップをまじまじと見つめてしまう。

「毒くらい、とうに私が警戒済みだ」

「あ、そりゃそうだよね……はは」

 アーチャーは半眼でこちらを見つめ、残っていた紅茶をカップに注ぎ、すうっと飲み干した。

「小賢しく考える余裕があるなら、もう休憩は充分だな?」 

「え、ちょっと……」

「休んでいてはいつまでも惰弱なままだ。立て。行くぞ」

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