ハーメルン
アタランテを呼んだ男の聖杯大戦
魔術工房①

 夕焼けの空が刻一刻と夜の色を増していく。
 警察に届けるはずだった鞄は魔術師のものと判明し、当初の目的を完全に喪失したアルは、帰路についていた。傍らにはアーチャーの姿がある。
 暫し共に歩いて気付いたことだが、彼女は歩く際、一切の足音を立てない。動作は全て滑らかに連続し、風にそよぐ枝葉のように、認識の表層を流れていく。
 なるほど、と納得する。アーチャーの気配が薄いのは、ただその洗練された挙動のためなのだ。

 しかしながら、その一方で彼女の姿を際立たせているものがひとつ。

「……その、アーチャーはどうしてウチの制服を着ているんだ?」

「ん? ああ、これか」

 アーチャーは自らの躰を見下ろした。アルの服の予備であるため、男性服なのだが、すらりとした彼女によく似合っている。

「機を見て汝に接触しようと考えたのだが、事情を考慮するに、霊体化したままでは信じてもらえぬだろうと思ってな。無断で借用した。当然、戦闘時には別の装束に着替える」

「なるほど」

 確かに何処からともなく声が聴こえてきたとしたら、まず疑うのは自分の頭だろう。しかもその内容といえば荒唐無稽極まりない。彼女を前にしなければ、とても信じられなかったに違いない。

「じゃあ、その帽子は? 他にもあったと思うけど……趣味?」

「む――趣味でこんなものを被るか」

 言って、アーチャーは帽子の鍔に触れた。
 被っているのは、彼女の体躯に対してかなり大き目の帽子で、そこだけがちぐはぐとした印象を与える。これもカフェにある箪笥の隅で埃を被っていたものだ。

「ならどうして――」

 さらに訊ねようとしたところで、カフェの前に到着した。と同時に、忘れようとしていた思考が蘇ってくる。

「うう……、店長怒ってるよなぁ……。本当に追い出されるかも……」

 貸し切り客が来ると聞いた瞬間に店から出奔し、陽が沈んでから帰ってくるなど、どう扱われても文句は言えない。

 中々扉を開ける踏ん切りがつかず、ノブを握ったり離したりしていると、背後から声がかかった。

「安心しろ。それに関しては私が迷惑をかけたと説明しよう」

 アーチャーが鷹揚に頷いて見せる。
 まあ、確かにその言い訳も間違いではないが……。

「いや――、でも」

「店主には、無断で服を借りた詫びもしようと思っていたのだ。それに気になることもあるしな」

「……そういうことなら」

 やたらとサーヴァントを人に見せるものではないが、店長なら大丈夫だろう。

 よし、と気合を入れる。取り敢えず自分が先に入るからと言って、アーチャーには下がってもらった。

(まずは店に入ると同時、即行で謝罪をして……)

 ノブを下げ、扉を押し開く。

「すみません店長遅くなりました!」

 大声で叫んで頭を下げる。

「……ええっと。何か、あったのかい?」

 店の中には、呆気にとられた様子の店長が立ち竦んでいた。
 店内を見廻すが、ほかに客の姿はない。

「そうといえばそうなんですが……本当にすみませんでした。パーティーは――もう終わってますよね……」

「まあ無事でいるなら何よりだよ。どうか頭を上げて……」

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