超(?)霊能力者の姫沙羅さん
時刻は夜の十一時を回っていた。
上弦の月は、まるで地上を見下ろす巨大な怪物の眼のように不気味に輝いている。
その月明かりに照らされて物々しいシルエットを夜の闇に浮かべているのは、廃墟となった十階建てのホテルであった。
山の中腹に建てられたこのホテルは、高所からの夜景や自然と触れ合える散策コースなどを売りとしたリゾートホテルとして経営されていたが、二十年ほど前に倒産して以来放置され、廃墟となった。
それが最近になって、心霊スポットとして、オカルトマニアたちの間で話題になっている。
久我憂助は、そのホテルに続くなだらかな坂道に立っていた。
夏の盛りではあるが、夜の山中は意外と冷える。加えて虫除け対策も兼ねて、ジーパンとグレーのシャツの上から、紺色の長袖カッターシャツを着て、袖ボタンも留めていた。
憂助は、一人ではなかった。
周囲にはたくさんの大人たちがいて、ある者は照明でホテルを照らし、その傍らでカメラマンがカメラを肩に担いでホテルを撮影している。スマホでどこかに連絡を取り合う者もいた。テレビ番組の撮影クルーである。
だが憂助はそんな彼等に「何か手伝いましょうか?」と声を掛けるどころか、気にする素振りもなく、ただ険しい眼差しをホテルに注いでいた。
そんな憂助に、一人の男性が近付いてきた。眼鏡をかけ、口の周りに濃い髭を生やした恰幅の良い男である。歳は四十手前といったところだろうか。
「どうだい憂くん。何かわかるかい?」
その男は優しく、親しげに、憂助に問い掛けた。
「質の悪いのが、ここを塒にしとうごとある」
「みんなは?」
「親父や爺ちゃんやったらわかるやろうけど、俺はまだそこまではわからん。実際に中に入って探すしかねえ。ただ、今言った質の悪いやつの気配が動いた様子はないき、少なくとも食われて死んだっち事は、たぶんねかろ」
「憂くん、この前も言ったけど、君に何かあったらおじさんは責任が持てない。無理はしなくても……」
「親父が俺に丸投げしたんやき、俺一人でどうにかなるっち事やろ。大丈夫大丈夫。ちっと行ってくるわ」
「わかった。気を付けてね」
男はそう言うと憂助に懐中電灯を渡し、カメラマンに一旦カメラを止めるよう命令した。
その脇を通り抜けて、憂助はジーパンの尻ポケットに懐中電灯を突っ込み、スタスタとホテルへ向かって行った。
◆
三日前の事である。
夜の七時を過ぎる頃、久我家に来客があった。
京一郎の友人で、テレビ局で働いている大沢孝臣という男だ。今制作中の心霊番組のプロデューサーをやっているのだが、心霊スポットでの撮影を行うので、用心棒として京一郎に声を掛けたのだ。ゲストとして、美少女霊能力者で売り出し中の如月姫沙羅が出演する事になっているが、万が一の場合に備えて他にも霊能力者を呼ぶ予定だった。しかし声を掛けた霊能力者たちがことごとく拒否して来たため、最後の頼みの綱として、同窓生だった京一郎に、高級日本酒を手土産に依頼したのである。
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