006.『煤と油』【提督視点】
さて、『クソ提督でもわかるやさしい鎮守府運営』に従って、工廠にやってきた俺である。
ついさっきまで『工廠』って読むことすら出来なかったのは千歳お姉には内緒よ。いや、千歳お姉だけではなく皆に内緒だ。
佐藤さんが丁寧に振り仮名まで振ってくれていたお陰で恥をかかずにすんだ。佐藤さんナイスアシスト。
おかげ様でクソ提督でもわかりました、ってやかましいわ。
工廠に着くと、緑がかった髪をポニーテールにしている女の子が声をかけてきた。
知っているぞ。夕張である。
オータムクラウド先生の『結構兵装はデリケートなの。丁寧にね』は名作である。たまにお世話になっております。
いつもの腹が冷えそうな明らかに丈の合っていないセーラー服とは違い、汚れた作業着を着ていた。
オータムクラウド先生の作品では爆雷型ローターとか三式弾型バイブとかろくでもないものばかり開発している、提督の頼れる味方だが、今も何か作っているのだろうか。
大淀が俺を紹介すると、夕張は慌てて俺に敬礼する。
「へっ、兵装実験軽巡、夕張です! どうぞよろしくお願いします!」
「うむ。お前の噂はよく耳にしている。これからもよろしく頼むぞ」
俺はそう言って、握手をするべく夕張に右手を差し出したのだった。
大淀や明石とはできなかったが、せっかくなのでボディタッチを試してみようと思ったのである。
これならば下心を悟られる事なく自然な流れで、艦娘に触れる事ができる。俺は天才なのではないだろうか。
夕張が手を差し出し、握手をした瞬間、俺は気付いてしまったのだった。
「あっ――」
大淀と明石、それに夕張が、ほぼ同時に声を上げた。
瞬間、俺は考える。
アッ。
しまった。コイツの手、めっちゃ汚れてんじゃん。
ボディタッチの事で頭がいっぱいで、すっかり忘れてしまっていた。
おまけにこの白い手袋のせいで感触が全くわからん。
新品の白手袋は汚れてしまうわ、俺はボディタッチ失敗するわ、夕張は上官を汚してしまって気まずいわ、誰も得しない結果を引き起こしてしまったではないか。
ど、どうしよう。
そんな事を考えていると、夕張に思いっきり手を振りほどかれた。凹む。
「もっ……申し訳ありませんッ!」
夕張は物凄い勢いで頭を下げたのだった。
し、しまった! 俺が何も考えずに手を差し出したせいで、夕張に余計な気を使わせてしまった。
俺は全然気にしていない。この軍服だって自腹で購入したものではなく支給されたものだから、いくら汚れたって俺の知った事ではない。
汚しすぎて弁償する事になっても、佐藤さんが何とかしてくれるだろう。あの人偉そうだし。
そう説明すれば、夕張もほっと胸を撫で下ろしてくれるだろうか。
――いや、違う。それはベターではあるがベストでは無い。
それでは救われるのは夕張だけで、俺は手を汚されただけではないか。面白くない。
ベストなのは、このピンチをチャンスに変えて、俺がいい思いをする事だ。
せっかく手を汚されたのだから、俺が見返りを求めてはならないなどという事があっていいはずが無い。
大丈夫だ。俺は提督だ。夕張の上司だ。権力者だ。
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