彼女は望まれていなかった
『あぁ、待て待て。今開けるからね』
すっかり忘れてた、みたいな言い方をしつつも目の前の鋼の扉は開いた。その向こう側に見えたのは大きなエレベーターの姿であり、それに乗れ、と促しているのだろう。それに乗ると自動的に扉が閉まり、そしてエレベーターが動き始める。エレベーターは恐ろしく静かで、動いているという事さえ感じさせない滑らかさが存在していた。しかもどうやら上下だけではなく、左右にも移動するタイプらしく、複雑な軌道を描きながら施設内を進んでいるらしい。ただ、待っている間は酷く退屈だった。そう思っていると声が聞こえた。
『いやぁ、すまなかったねぇ。君を警備の方にゲスト登録するのを忘れていたよ、システムの方には登録していたのに。ちょっとしたうっかりだったよ』
やれやれ、と呟きながら帽子の位置を少しだけ調整した。いつもいつも、自分の好きな事ばかりを見ているからそんなミスをするのだ、と彼を責める。そのせいで失敗したことだって一度や二度ではない筈だ、と言ってやるとそれこそ困ったような声が返ってきた。
『うーん、自分ではそこらへん中々解っているつもりなんだけどね。これはもしかして私に与えられた呪いの様なものなのかもしれないね。最後の最後ではどっかドジったりする類の。まぁ、それはそれで結構楽しい、或いは愉快な世界だ。私はこういう凡ミス、嫌いじゃない。笑えるからね』
それに巻き込まれる此方はまるでたまったものじゃないのだが、とため息を吐く。こいつのこういういい加減っぷりはどこか、計算されたものだ。意図的にどこかを適当にする事でわざとランダムな要素を取り入れて完璧じゃなくしている。そのランダム性が予想外の結果を生むのだから面白い、とはまさに狂人の言葉だった。そう、彼は紛れもない狂人だった。だからこそ誰も彼についてはいけない。そして社会も彼を許容することが出来なかった。そんな彼に付き合えるのはこの次元世界でも自分ぐらいだろう、という自負がある。とはいえ、毎回付き合っていると流石に疲れる。悪戯はなるべく止めてほしい。
そんな風に呆れているとエレベーターは動きを停止していた。入ってきた方とは逆方向の扉が大きく開き、そしてその先に続く通路を見せた。ここまでくると完全に明かりが灯っており、普通に内部が見渡せる。一切の装飾が見渡せない実用的な鋼の通路は奥へと通じており、此方は先ほど通ってきた場所よりもさらに修繕か、或いは整備されているように見えるエリアだった。広がっていた通路は奥に見える普通の扉によって終わり、その前に立つと自動的に扉が開いた。
そして、その向こう側に広がる研究施設の様な部屋が見えた。
「やぁやぁ、待っていたよ君の事を。この私を待たせるなんて本当に贅沢な時間の使い方をするもんだ」
まるで神にでもなったかのような尊大な物言いを冗談めかしながら、白衣姿に菫色の髪の持ち主―――ジェイル・スカリエッティは宣っていた。部屋には無数の魔法陣と機械が設置されており、それを調整している様な女たちの姿が数人見える。そしてそれとは別に、小さな金髪の少女が目を閉じて部屋の隅のベッドの上で眠っている。傍から見ればジェイルのハーレムでしかないが、蔓延する空気がそれを否定する。
そもそも、こいつに性欲ないだろう、と自分は思っている。
「いやいや、一応私だって性欲を持っているさ。ただし一桁歳の子供たちに発情する程見境ない訳じゃないのさ」
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