故に彼女へと送る言葉は―――
―――オリヴィエ・ゼーゲブレヒトはただの少女だった。
彼女は王女だったのかもしれない。だけど彼女の人生はそれを許さなかった。優れている事は美徳かもしれない。だけど人々はそれを許さない。そしてオリヴィエは怪物王女から人間へと成った。その先で死の運命が待ち続けていると知らずに。彼女が王になる事を諦めなければ、きっと希代の名君になっただろうし、おそらくは死の運命と相対する事もなかっただろう。だがオリヴィエ・ゼーゲブレヒトは死ぬ。
「―――はい、陛下……いえ、お父様。私はゆりかごに乗ろうと思います。この命と引き換えにベルカを。……これは違いますね。正直な話、ベルカなんてどうでもいいです。私の人生でベルカは奪う事しかしてくれませんでした。優しくしてくれた兄姉も居ませんでした。陛下も、父親としての姿を一度も見せてくれませんでした―――お恨み申し上げます」
「そう、か」
オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの人生を表現するなら悪意なき悪意と表現するのが一番だろう。そこには純粋な善意しか存在しなかった。ただし、それはオリヴィエへと向けられていない。国と民へと向けられ、王族であるから、切り捨てられる覚悟はある筈だから、それが王の血筋の義務であるから、そういう認識と言葉によってオリヴィエだけ民から爪弾きものにした。王の資格は奪ったというのに。そこに悪意はなかった。だが優しさもなかった。
「はい。恨んでいます。お父様も。お兄様も。お姉さまも。助けてくれなかった皆を。苦しいのに解ってくれなかった皆を。ただの学生のままでいさせてくれなかった皆を。本音を言えば今すぐここでこの両手を使って殺してやりたいとさえ思っています。地獄に落ちろ、と正面から叫びたいところです。……お前たちも、全てを失って地獄を味わえ、と同じ目に合わせてやりたいところです」
「……」
「憎い。心の底から憎い。私を産んでおいて都合が悪かったら捨てて、そして必要になったら利用する。私を王家から追放しておいて必要になったら呼び寄せる。私が聖王家の中で疎まれているのは知っていました。ですから継承権を失ってからはなるべく関わらないように生きて来ました。ですが結局のところ、私は血の通った人間ですらなかった―――ずっとずっと、人形として扱われてきたんだな、と漸く理解しました」
オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは王女であった。だが、今の彼女は人間だった。王女だった頃のオリヴィエではこんな言葉を吐かなかっただろう。彼女は美しく、正しく、そして清い存在だった。それは王としての理想的なシステムだとも言えたかもしれない。だがそれを受け入れられる人間はいない。故にそこから失墜し、導かれ、彼女は人となった。そう、誰もが見ても納得できる人間らしい人間に。
彼女を今見ている人間達はオリヴィエの言葉を聞きながら初めて罪悪感と安堵に包まれているのだから。オリヴィエが怨嗟の呪詛を言葉として吐き出す姿が初めて王子たちの姿に映り、彼女がどこにでもいる様な少女である事を自覚させる。彼らはそこで初めてオリヴィエ・ゼーゲブレヒトに溜め込まれた怨嗟の念を理解する。だが表面上、彼らに変化はない。
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