彼女はそうやって愛を抱く腕を失った
問答無用のヒーローとしてはその点だけは心苦しい。とはいえ、自分が聞いた限りでの古代ベルカ時代とは欠片も救いのない時代でもあったらしいと聞く。現代ではロストロギア扱いされる数々の遺失物はこの時代で生まれたほか、質量兵器や次元すら崩壊させる禁忌兵器が乱射される戦争が発生し、それによって多くの次元世界がベルカと共に滅んだという話を聞く。その中で活躍し、救国と崩壊を招いたのがオリヴィエという人物だったはずだ。
結局、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトはベルカを救った。だがその死後にベルカは滅んだ。聖王のゆりかごと呼ばれる禁忌兵器がオリヴィエの死後に暴走したと言われている。だがその話の大半は歴史の闇の中にあり、見出せない。果たして何故ベルカはゆりかごによって滅んだのか……興味深い話ではある。
聖王教会ではオリヴィエが聖女の様に描かれているが、こんな境遇の中で彼女は本当にそんな精神を育てることが出来たのだろうか? そこを自分は少々疑問に思った。とはいえ、これは映画のようなものだ。追いかけて目撃すればよいだけの話。あまり心情的に深入りしすぎるほうが危険だろうと思う。
そんなことを考えているうちにオリヴィエたちは目的地へと到着したらしく、大きな扉の前で足を止め、扉を叩いてから中へと入っていった。王族がそこまでの対応をする相手といったら、おそらくは一人しか存在しないのだろう。オリヴィエのあとを追うように部屋へと侵入する。
広めの部屋の中央には細長いテーブルが存在し、その周りに座る人たちからすさまじいまでの重圧が空間を満たすのを感じられた。その重圧にオリヴィエと、そして女が足を止めた。それも仕方のない話だ。人外魔境とでも表現すべきプレッシャーがその幼い体に襲い掛かっていたのだから。
室内にいるのはどれも見目の麗しい金髪の美男美女、しかし最も目を引くのは黄金律の肉体を誇る、美しい男の姿だった。一番奥、上座に座った男が最大の気配と圧の発信源であり、最も飾られた服装を着こなす男でもあった。その風格、底知れぬ気配、他者をその存在感だけで従える生物としての絶対強者の証―――説明なんて必要ない。
あれが聖王なのだろう。この時代の。自分の人生で見て来た中でも1,2を争う怪物とでも表現すべき存在だった。まともに戦って勝てるかどうか―――そのことを瞬時に考えてしまうほどの相手でもある。とはいえ、これは過去の記録だ。戦う事は出来ないのが残念というか、安心というか。
ともあれ、あの男、聖王と比べてしまえば他の人間は全てカカシの様なものだ。周りにいる姿の良いおそらくは王子や王女たちも聖王と比べてしまえば彼を引き立たせる引き役でしかなかった。これほどの男がいて滅ぶ古代ベルカという時代に戦慄を感じつつも、オリヴィエを追いかけて上座近くに座る。どうやら座る順番は継承権の高い物ほど聖王に近いらしく、オリヴィエは聖王のすぐ横の席に座った。室内にいる多くのものからオリヴィエに向けられる視線を感じる。
妬み、憎しみ、怒り、困惑、様々な感情が視線には向けられており、そこに好意的なものは僅かにしか感じない。蠱毒の一種か、とこの状況を見て納得する。この環境の中で鍛え上げられた者ではないと聖王は務まらないのかもしれない。そんなことを考えながらオリヴィエの背後に立った。膝の上で拳を握って耐えるようにする少女の頭に触れようとするが、やはり手がすり抜けてしまう。解っていたことだが少しだけ悲しい話だった。
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