ハーメルン
虹に導きを
彼女は穢れて人と初めて誰かと並べた

「やぁ、お帰り。随分とはしゃいだみたいだね? とりあえず続きの前に軽い休息を入れようか。此方でもデータの洗い出しとかあるからね。なぁに、二時間もかからないさ。食事でもとって待っていればいいさ」

 頭を軽く振りながら帽子を取って頭を掻く。気づけば膝の上に座っていた少女は目を瞑って静かに寝息を立てていた。その顔を見て、オリヴィエとはまるで似ていないのを確認し、結局、完全なクローンというのは夢物語なんだな、と認識する。帽子を被り直しながら少女を起こさないように持ち上げ、立ち上がってベッドにまで運んで下ろす。サイコハックか、或いはタイムハックとでも言うべきか、その影響で少しだけだが慣れていない感触を体に感じる。それがどう、という訳じゃないが万全を期すために少しは休んでおくか、そう思ったところでこっちっす、と声がかかった。

「こっちで飯を用意したんで休んでおくといいっすよ」

 ジェイルの助手、或いは娘の一人がサムズアップと共に隣室を示す。そちらの方から空気に混ざる食欲を刺激するようなスパイスの匂いがする―――どうやらシンプルにカレーを用意してくれたらしい。ボリュームもあるし、文句はない。寧ろ喜んで食べる。自分も非常食に手を出さずに済むのだ、非常に助かる。隣の部屋へと向かう事にする。

「ん? 非常食の類を持ち歩いているのか?」

 眼帯の子がそんなことを問いかけてくる。とある次元世界には一見は百聞に、との言葉がある。つまり伝えるよりは見せたほうが早いだろう、と軽く指をパチン、と弾く。すると目の前に非常食である栄養バーが出現する。それを軽く掴んでから軽く指でトントン、と叩けば二個に分裂する。それを見ていたまだ若そうな女の子たちがおぉぉ、と声を零す。それをそのまま、プレゼントする事にする。一応非常食には気を使って色々と味のバリエーションを用意してある。今回取り出したのは女子向けのデザートバーともいえるものでイチゴはちみつ味である。

「普通に美味しい」

「こんな非常食もあるものだな……というよりどこに仕舞っているんだ?」

 それはもちろん、冷蔵庫に。正確に言えば時間の流れが発生しない次元世界で保存しているものを召喚術で一瞬で手元に呼び寄せているのだ。普通の人間には地獄、というか寧ろ時獄で一切活動できなくなるのだが、自分の様に裏技の使える人間であれば動く時間を召喚したり、影響範囲を捻じ曲げたり、と結構便利にできる。一般的には接触禁止危険次元であっても工夫を凝らせばそれはそれで便利に使えたりするものである。

「成程、ドクターの唯一の友人というだけはあるっすね」

 そこでなぜ呆れたような表情を浮かべるかが解らない―――とはいえ、喜んでカレーに飛びつかせてもらおう。そこまでお腹が空いていたわけではないが、スパイスの匂いに食欲が刺激されている。ドロドロ具合が一晩寝かせたカレーを思わせるのが家庭的でなおよし、という感じで個人的な点数は高い。ご飯とかき混ぜて食べるその味も普通に美味い。一切の文句のないカレーだった。

「お、カレーを混ぜる派っすか」

「邪道の方を選ぶか」

「だが混ぜたほうが美味しくはないか?」

「いや、ライスとカレーは混ぜるとほら、ご飯がカレーを吸っちゃうじゃない」

 なんだか自分の周囲が姦しくなってきたような気がする。まぁ、実際ここに居る男は自分とジェイルを抜けば皆無だ、そりゃあ姦しくもなるか、と納得しながらカレーを口の中へと流し込んで行く。個人的には福神漬けよりもらっきょうを入れている方が好みなのだ。あのしゃきしゃき感、嫌いになれない。それが逆に苦手だという人間の気持ちは微妙に解らない。ともあれ、姦しくなった研究室横のおそらくは食堂で食べながら適当に時間を潰しているとジェイルもホロウィンドウを浮かべながらやってくる。

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