ハーメルン
虹に導きを
彼女が腕を見つけるその時

 うーん、これは血を見るな。それが素直な感想だった。自分が直接干渉できれば一瞬で終わらせるんだがなー、残念だなー、でもまぁ、めんどくさいから働かなくて良いのはたぶん悪い事じゃないと思う。このヒーローゲージは後半まで温存しておこう、と心の中で呟く。

『でもエリクサーって基本的に最後まで使わないよね。使おうってラストになる時にはなくてもどうにかなっちゃうし』

 まぁ、世の中、それが理想でもあると言えるから一概に悪い事だとは言えないのだ。ただの貧乏性なのかもしれないが。ともあれ、馬車から降りてその横を歩き出す。そんな自分の視界の中で、夜の闇に紛れて動く姿が見える―――服装を偽装し、闇に紛れるように色を変え、しかしカモフラージュするように身を同化させる姿は静かに、気配を殺しながら馬車を包囲しつつあった。もう少ししたら手遅れになってしまうぞ、大丈夫か? そう思っていると、

「―――止まってください」

 オリヴィエの声が馬車の内からした。それと共に馬車の扉が開かれ、中からオリヴィエの姿が出て来た。大きく肩を出したドレスのスタイルは変わらず、袖の中にあるべき腕がないのも変わらない。だが体に致命的な欠陥を抱えた彼女は、昔よりも堂々と、そして美しく輝いて見えた。馬車の外へと出た彼女は軽い跳躍と共に馬車から降りて、そうですね、と呟いた。

「包囲されていますよ。総員、抜刀のちに近接戦闘準備を」

「っ、はい!」

「落ち着いてください。まだ初陣を切っていない者はおとなしく経験のある騎士に従ってください。焦らず、穏やかに、二人一組で絶対に行動してください。貴方達はベルカの騎士です。職業としての騎士であり、精神的にも国防を司る騎士です。相手が夜盗であれば心配はいりません。生きる為に畜生に身をやつした存在では普段から金をかけ、鍛えられた貴方達の敵ではありません。そして相手が他国の間者であろうと―――」

 馬車から降りたオリヴィエの姿は頼りない。育ったとはいえ、まだまだ少女と呼べるような年齢で、しかも両腕が存在しないのだ。だが胸を張って鼓舞する彼女の言葉には威厳がある。聞くものを魅了し、そして勇気の炎をその胸に灯す生命の輝きに溢れていた。オリヴィエは一瞬で迷いという言葉を振り払った。

「―――迷いも心配する必要もありません。私はベルカが世界最強の騎士を保有する国家だと信じています。故に勝つのは我々です。生き残るのは我々です。いつも通り動き、いつも通り倒し、いつも通り勝利します。それだけです。いいですね?」

「ハッ! 魂と剣に賭けて!」

『……凄いカリスマだ。ウチの子たちまで皆背筋をピーンと伸ばしちゃってるよ。おそらく現代で彼女クラスのカリスマや王気を放てる人間はいないだろうね』

 ジェイルからそんな通信が転がり込んでくる。またジェイルも自分も、性格や根性がかなり捻くれているという事には自覚がある。その為、こういう精神的な高揚効果には一切影響を受けなかったりするのだが、それにしても近年感じた気配の中でもかなり強いものだ。たがやはり、まだまだ未熟。あの聖王に匹敵する程ではない。あの男だったらたぶん存在感だけで気絶や心停止に追い込めそうだ。そう思っている間に騎士たちは一切の淀みもなく配置につき、完全に覚悟と迷いを振り払った状態で抜刀、構えに入っていた。

 オリヴィエが本当の意味で王族として育っていたら、おそらく国民全体を死兵にでも変えることが出来るだけの能力を発揮しかねないだろう。そしてその場合、おそらく一番不幸な人生を送る事になるであろう、というのは想像に容易だった。失ってこそ人としてはっきりし始めるとはまた皮肉なものだった。

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