将ちゃんとカブトムシ
季節は夏。番傘越しにも伝わる熱気を肌に受けながら、俺は一人虫取り網とカゴを背に森の中を歩き続けていた。
「暑い……なんだってあんなこと言っちゃったんだろう俺は」
夜兎の俺にとってこの炎天下は大焦熱地獄にも等しい。半袖半パン、番傘で陽の光を遮ってるといっても暑いものは暑い。しかしあんなことを言ってしまった手前、手ぶらで店に帰るわけにもいかない。
事の発端は凡そ2時間前。俺の友達が妹の誕生日プレゼントを取りに来たところまで遡る。
▽
「カブトムシブーム再来か。前世も今も、夏の流行は何処も変わらないってことかね」
ポリポリと、煎餅を齧りながらテレビを見ていたお昼時。
適当につけたテレビでは銀さん一押しの結野アナが今話題のカブトムシについて取り上げていた。
カブトムシと言えば子供の頃、野山を走り回って友達たちと捕まえまくった経験がある。そんで捕まえたカブトムシたちで相撲取らせてたりしたっけかな。
「うへぇ、あんなカブトムシで車買えるのか。世も末だねぇ」
巷じゃピッカピカに光るカブトムシというのが流行ってるらしい。大きいカブトムシだけでも十万で買い取ってくれるとことかあるらしいので、銀さんがソレを知ったら森中のカブトムシを捕まえてきそうだ。
「失礼する」
新しい煎餅を取り出したところで来客。
あれま、もうそんな時間だったか。
「長門。依頼していた物を取りに来た」
「待ってたよ将ちゃん」
江戸幕府第14代征夷大将軍 徳川茂茂。
半年くらい前に攘夷浪士に狙われた妹のそよちゃんを偶々助けたことで縁が出来て、そよちゃんがウチの着物を気に入ってくれたのと妹助けてくれた礼とかでそれ以降はよくウチに着物の仕立ての依頼をしてきてくれるようになった。
今回みたくそよちゃんの誕生日に上げたいと将ちゃん一人で来たのは初めてだが、そよちゃんとはよくウチに来て茶を飲んで世間話をするのが通例だったりする。
「先日、攘夷浪士たちの襲撃にあったのだろう? 大事無いようで何よりだ」
「危うく店爆破されるところだったけどね」
幕府のトップともなれば嫌な性格してるんだろうなと当時は思ってたけど、実際会って話すとむしろその逆、民思いの優しい人だった。初めて会った時も敬語は使わないで自分のことは将ちゃんと呼んで欲しいと言われた時もビックリしたもんだ。
「ハイどうぞ。そよちゃんの好きな赤で仕立てさせて貰ったよ」
「そうか。それはそよも喜ぶ」
プレゼント用の装飾を施した箱を将ちゃんに渡し、茶でも出そうかと裏へ行こうとすると
「カブトムシ……ああ、瑠璃丸」
「ん? なんだ将ちゃん、カブトムシ好きなのか」
カブトムシを紹介しているテレビを見て、憂うような表情で将ちゃんが呟いたので気になって聞いてみた。
「うむ。瑠璃丸というカブトムシをこの前まで飼っていたのだが」
「いた?」
「……森を歩いていた際に逃げられてしまってな」
ああ、よくあるよね。カブトムシ捕まえられて舞い上がってその気持ちで一緒に散歩したくなるよね、それで逃げられて親に泣きつくというのが一連の流れ。
ずーんと、体育座りで落ち込む将ちゃん。これはかなり重症のようで。ていうか瑠璃丸ってすごい名前つけたな。
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