ハーメルン
サーティ・プラスワン・アイスクリーム
その2

 人には個性があるものだ。
 好みのエロ本を見つけた時、野口希望なら"Aもん見れたなAカップ"と思うだろう。
 井之頭一球なら"Eもん見れたなEカップ"と思うだろう。
 戦う者には戦い方の個性があり、嘘つきには虚言の傾向があり、リーダーにはリーダーシップのタイプというものがある。

 佐藤朔陽は、周りより少しだけ優しく、少しだけ我慢強く、少しだけ誠実で、少しだけ頑張り屋な身で頑張って、周りを引っ張っていくタイプ。

(あー、しまった。
 一球くんと希望くんに疲れてるとこ見せちゃった……
 少し休んだしもう大丈夫だと思うけど、今後は気を付けておかないと)

 疲れていても、疲れた顔は見せない。
 それが上手くリーダーをやるコツの一つだ。
 疲れた顔を絶対に出さないともなると悪手だが、疲れた顔を見せる相手と場面くらいは選んだ方がいい。
 痩せ我慢がリーダーの資格になる、そんな者も居る。

「ほらよしよし、元気出して和子ちゃん」

「うえっ、えぐっ、ざぐびぃぃぃぃぃぃ」

 強い自分を演じなければ、クラスメイトが自分にすがれない。
 気丈な自分でなければ、クラスメイトが寄りかかれない。
 頼りがいのある自分でなければ、泣き叫ぶ和子が安心して泣きつけない。
 号泣する和子の小さな体を抱きしめて、彼女の髪を撫でてやっている朔陽に、少し前まで僅かに見せていた疲れは見て取れなかった。

「よしよし」

 小柄でも女性らしい体つきに、黒髪長髪で色白な美人とくれば、その泣き顔だけで興奮する男性は少なくないだろう。
 赤くなった泣き顔も、頬を伝う涙も、可愛らしい女性が見せる心の弱さも、男性の庇護欲と恋愛感情を誘うものだ。
 ただ、慈しみの心をもって和子に接する朔陽に対しては、それはメスゴジラのフルヌード程度にしか性的感情をかき立てない。

「和子ちゃんは悪くないよ。
 だから、誰かの味方をしようとした過去の君まで、否定しないで」

「サクヒ、サクヒ、私っ……!」

「和子ちゃんは悪くない。
 敬刀くんも間違ってるわけじゃない。
 だから泣かないで。今は辛くても、きっと辛いまま終わることはないから」

「ぐすっ、えうっ……ほんと……?」

「大丈夫、和子ちゃんも敬刀くんもすれ違ってるだけだから。
 不安になったら、僕が今言った言葉を信じて欲しい。
 でもそのためには、和子ちゃん自身が頑張らないといけない。分かるよね?」

「……うん」

「よしよし、いい子いい子。
 僕も手伝うから、頑張ってハッピーエンドで終わらせよう」

「ん……頑張る」

 あれだけ手酷く拒絶されてなお、和子はまだ敬刀と向き合おうとしていた。
 精神的に弱くても、ハートの芯の部分が強いのか?
 朔陽に励まされたら即立ち上がるくらいに単純な性格で、かつ朔陽に依存しているのか?
 どちらなのだろうか。
 いや、両方だろう。
 彼女はしょっちゅう腰が引けている臆病者ではあるが、踏み出すべき時に踏み出さない卑怯者ではない。

 そんな彼女が、朔陽は嫌いではなかった。むしろ好きだった。

「あ……サクヒ、伝書鳩が来たよ」

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