ハーメルン
サーティ・プラスワン・アイスクリーム
その2

 織田信長という存在を語る話は、諸説ある。
 美少女だと言う者も居れば、怪物だったと言う者も居る。
 誰よりも神を嫌い、誰よりも神に愛されただけの、ただの人間だったと言う者も居る。
 ホモだったと言う者も居れば、レズだったと言う者も居る。
 だが、日本史の一部は作られた歴史だ。
 後世に悪い影響を与えないために、捏造されたものに過ぎない。
 それを参考にしてしまっては、正しい信長像など見えてくるはずがないのだ。

 宣教師ルイス・フロイスは、自身の著書にて「彼は日本のすべての王侯を軽蔑し、下僚に対するように肩の上から彼らに話をした」と信長を評している。
 だが、よく考えてみるとこれはおかしい。
 信長より背が高い人間などいくらでも居たはずだ。
 なのにその全員の肩の上から話ができるものなのだろうか?
 答えは否。
 ならば、そこにはそれ相応の理由がある。

 ―――信長は、造られた巨人の類だったのだ。

 織田の名字は、そのまま製作注文(オーダー)を示している。
 織田信長とは、神造形師・織田信秀によって作られた、人造の巨人だったのだ。
 それならば様々なことにも説明がつく。
 伝承では、信長は身内に優しいのに、人とは思えぬほど残酷な処断をしてきたとされる。
 人造生命であれば機械的に敵を処理することは当たり前であるし、味方に慈悲深いのはそういう風に作られたからだと考えることができる。
 機械兵士は敵に無情で、味方に甘い。それと同じことだ。

 『大うつけ』という言葉の意味も、世間一般で語られている意味は間違っている。
 青年期までの信長に対する評価、大うつけ。
 世間ではこれをうつけ(バカ)以上のうつけ(バカ)という意味で受け取っている。
 だが、本当にそうだろうか?
 「チョベリバなうつけ」「ヤベえうつけ」「名状しがたきうつけ」「えげつないほどうつけ」といった風に、別の表現があったのではないだろうか?

 つまり、だ。
 『大うつけ』とは、『体の大きなうつけ』という意味だったのだ。
 これならばわざわざ大うつけと呼ばれていたということにも、説明がつく。

 長篠の戦いでは、全身に生やした火縄銃三千丁による信長の一人三段撃ちが披露された。
 桶狭間の戦いでは、油断していた今川軍が密集していた所に、信長が単騎で突っ込み今川義元を踏み潰した。
 比叡山は信長が口から火を吐いて焼いた。
 史実の妖術師・果心居士は、腹が減った信長がおやつに食べたという真実を隠そうとしたら、何かあれもこれも滅茶苦茶になり、結果妖術師っぽくなってしまった。
 捻じ曲げられた歴史も、そういう風に解釈すれば、無理なく理解できるのではないだろうか?

 これならば、黄泉瓜巨人軍が巨人の遺伝子を見つけ、死体を巨人兵器に変えるという戦術を確立したことにも納得がいく。
 日本史に前例があった、というわけだ。
 焚書された戦国時代の書物か何かを見つけたのだと考えれば、筋も通る。

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