その2
野球界の信長好きはそれなりに多い。
おそらく信長リスペクトが高じて、信長のルーツを探っていく内に葬られた真の歴史に気付き、巨人を作ってしまった者が居たのだろう。
以上が、歴史に隠された真実。
織田信長は黄泉瓜巨人軍の祖たる、人造巨人兵器であった。
それが今や巨人ですらない肉塊となっているのだから、運命とは奇妙なものだ。
森成利……森蘭丸は、幼少期からそんな信長を見守ってきた。
信長にも厚く信頼された父・森可成という人格者と、イラッとしただけで奉公人をサクッと突き殺す兄・森長可などを知り育った彼は、人間には親子ですらも遠いものになってしまうことがあるほどの多様性があることを知った。
何を見習うべきか、何を反面教師とすべきか、環境が教えてくれていた。
環境が彼に基本的な生き方を、善良で真面目な生き方を教えてくれた。
それはいいことだ。
それを知らない者も多い。
だが、『大事な生き方』だけは、環境ではなく信長が教えてくれていた。
宣教師ルイス・フロイスが自著の中で信長を「中くらいの背丈で、華奢な体躯」と評したことからも読み取れるように、普段の信長は普通の人間サイズであった。
それは力を溜めておくためか。
巨人として造られた自分の耐用年数を長持ちさせるためか。
自分は人間である、と主張するためか。
いずれにせよ、信長が巨人になる時間はほんの僅かで、それ以外の時間帯はずっと通常の人間として生きていた。
最初は小姓として、次第に側近として、蘭丸は人生の1/3近くを信長の傍で過ごした。
「貴様には、友が必要であるのかもしれんな」
遠い昔。信長はある日、蘭丸に突然そう言った。
蘭丸は困惑する。
織田信長の思考回路は良くも悪くも普通の人間の範疇を外れており、こういった突拍子もないことを言うのも珍しくはなかったが、蘭丸は自分を対象にされると困惑してしまう。
大沢桜花としての人生経験値がないため、なおさらに。
「たったひとりで構わん、友を作るがよい。
貴様が敬意を払える友だ。
貴様を肯定してくれる友だ。
貴様のよい部分を見て、それを口にしてくれる友だ。
春に桜を、夏に海を、秋に月を、冬に雪を楽しめる者であればなおよい」
何故そんな友が必要となるのでしょうか、と蘭丸は問い返した。
「その友が儂よりも大切な者となった時。
貴様は、成りたいと願う自分に成れるであろう」
あまりにもよく分からなくて、蘭丸は無礼を承知でまた聞き返してしまう。
「人は、それで初めて『人と成る』ものであるからだ。
一定の年齢に至れば成人だなどと、それでは本質に余りに遠い。
人は生きていれば誰かを好む。
一番に好ましい人間を作る。
だが、母親を一番に愛し、そのまま変わらぬのであれば、幼子も同じよ」
信長は、人間は一番に大切な者を作り、それ以上に大切なものが出来て初めて『成人』の名に相応しいのだと言った。
人間は、コミュニティを広げて行く生き物だ。
自分の世界を広げ、交友関係を広げていく生き物だ。
同時に、人間は自分が日常を過ごす範囲の中、コミュニティの中が世界の全てであるという生き物でもある。
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