ハーメルン
サーティ・プラスワン・アイスクリーム
その3

 そんな信長の目が、口先が、桜花ではなく朔陽へと向かう。

『貴様も聞いておけ。
 よいか、儂が正気を加速度的に失っていったのは、偶然でも経年劣化でもない。
 儂が加速度的にああなったのは、寺社を焔で焼いて灰にした頃からだ』

「え?」

『転生、蘇生どちらでも構わん。
 死んだ者は生き返らない。
 それが世界の基本であり、基盤である。
 旧きものを探し、生き返った者を探せ。そこに、真実がある』

 信長は聖剣の力を吸って幽霊として無茶に顕現した。残り時間はあと数秒。

『貴様のクラスメイトとやらの中には、神の―――』

 信長の思考が信じられない速度で回転する。残り時間はあと僅か。ここで朔陽に核心的なことを語り切る時間はある。だが語り切ったところで時間は尽きるだろう。
 桜花に何かを言う時間は、まず残らない。
 朔陽に確信を話すか、桜花に何かを言うかの二択。
 千分の一秒にも満たない時間、信長は悩み……人造兵器らしく、『今まで仕えてくれた蘭丸に正しく報酬を支払うべきだ』という合理的思考から、迷いなくその選択を選んだ。



『息災でな、蘭丸』

「―――!」



 戦国の亡霊が霧散する。
 "思わせぶりなことだけ言って核心言わず消えていった……"と和子は思ったが、最後に身内への言葉を選んだ信長と、その言葉を受けた桜花の気持ちを思うと、何も言えなかった。
 桜花は何かを噛み締めるように、噛み殺すように、歯を食いしばって空を見上げる。

「……さようなら」

 ありがとうと言いたかった。けど、言わなかった。
 すみませんと言いたかった。けど、言わなかった。
 語りたかった、昨日までの過去の想い出があった。
 信長にとっての未来である過去の想い出があった。
 感謝、後悔、懺悔、決意……語ることは山ほどあって、けれどそれを信長が消えた後に、何も無い虚空に語るのは、何かが違うと思ったから。

 だから、桜花は何も語らない。
 口にするのは"さようなら"の一言だけで十分だ。

「さ、帰ろう」

 朔陽が皆に帰参の号令を上げる。
 そう、終わったのだ。
 これで終わった。
 桜花の中の心残りも、大切なものを守れなかったという後悔も、戦国の時代から続く因縁も、全てが終わった。
 妙にスッキリとした気分の桜花の心と、澄み切った青空に、風が吹く。

「今は珍しくこのみさんが王都に居るから、きっと美味しいご飯が食べられるよ?」

 このみの名前を出すだけで、彼らの帰る足取りは随分軽いものになる。

 王都に帰ったお疲れの彼らを、特製のハンバーグステーキが迎えてくれた、そうな。

 それを食べる朔陽や桜花やその友達は、皆満面の笑みを浮かべていたという。

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