その3
そんな信長の目が、口先が、桜花ではなく朔陽へと向かう。
『貴様も聞いておけ。
よいか、儂が正気を加速度的に失っていったのは、偶然でも経年劣化でもない。
儂が加速度的にああなったのは、寺社を焔で焼いて灰にした頃からだ』
「え?」
『転生、蘇生どちらでも構わん。
死んだ者は生き返らない。
それが世界の基本であり、基盤である。
旧きものを探し、生き返った者を探せ。そこに、真実がある』
信長は聖剣の力を吸って幽霊として無茶に顕現した。残り時間はあと数秒。
『貴様のクラスメイトとやらの中には、神の―――』
信長の思考が信じられない速度で回転する。残り時間はあと僅か。ここで朔陽に核心的なことを語り切る時間はある。だが語り切ったところで時間は尽きるだろう。
桜花に何かを言う時間は、まず残らない。
朔陽に確信を話すか、桜花に何かを言うかの二択。
千分の一秒にも満たない時間、信長は悩み……人造兵器らしく、『今まで仕えてくれた蘭丸に正しく報酬を支払うべきだ』という合理的思考から、迷いなくその選択を選んだ。
『息災でな、蘭丸』
「―――!」
戦国の亡霊が霧散する。
"思わせぶりなことだけ言って核心言わず消えていった……"と和子は思ったが、最後に身内への言葉を選んだ信長と、その言葉を受けた桜花の気持ちを思うと、何も言えなかった。
桜花は何かを噛み締めるように、噛み殺すように、歯を食いしばって空を見上げる。
「……さようなら」
ありがとうと言いたかった。けど、言わなかった。
すみませんと言いたかった。けど、言わなかった。
語りたかった、昨日までの過去の想い出があった。
信長にとっての未来である過去の想い出があった。
感謝、後悔、懺悔、決意……語ることは山ほどあって、けれどそれを信長が消えた後に、何も無い虚空に語るのは、何かが違うと思ったから。
だから、桜花は何も語らない。
口にするのは"さようなら"の一言だけで十分だ。
「さ、帰ろう」
朔陽が皆に帰参の号令を上げる。
そう、終わったのだ。
これで終わった。
桜花の中の心残りも、大切なものを守れなかったという後悔も、戦国の時代から続く因縁も、全てが終わった。
妙にスッキリとした気分の桜花の心と、澄み切った青空に、風が吹く。
「今は珍しくこのみさんが王都に居るから、きっと美味しいご飯が食べられるよ?」
このみの名前を出すだけで、彼らの帰る足取りは随分軽いものになる。
王都に帰ったお疲れの彼らを、特製のハンバーグステーキが迎えてくれた、そうな。
それを食べる朔陽や桜花やその友達は、皆満面の笑みを浮かべていたという。
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