その3
話を振るのも、話を打ち切るのも、話を盛り上げるのも寧々。
くるくるくるくる、話題が変わる。
一つ話すたびに話の主導権は寧々の方に移っていく。
一つ話すたびに村人の声が感情的になっていく。
一つ話すたびに、寧々に『嘘をつく権利』が奪われていく。
「ねえ、私達に話すことない? 取引したいこととかない?」
「ありませんね。何をおっしゃっているのか、私には分かりません」
村人は迷わなかった。
"保身のために真実を話そう"という迷いもなく、すぐさま返答を返した。
寧々はこの挙動から一つの解答を得る。
この村人がついている嘘が自分の損得のための嘘なら、寧々の甘い誘いを聞けば、村人の思考は損得を計算し始めるはずだ。
脳は打算で動き、体は脳の動きに即した反応を見せていただろう。
まず確実に、保身のための最適解を探すため、答えを返す前に一瞬思考したはず。
だが、そうはしなかった。
この村人がなんのために嘘をついて誤魔化しているのか?
寧々にもそれは正確には分かっていない。
だが、一つだけ理解できたことがある。
この村人が今ここで嘘を全て捨て、全ての真実を話すことは、絶対にない。
それは何か決定的な終わりに直結する。
この村人自身が終わるのか、この村人の大切な何かが終わるのか、それも分からない。
だが少なくともこの村人は、王都の騎士に対し虚飾を捨て真実を打ち明けても、絶対に助からないと確信している。だから嘘を継続しているのだ。
「スパイってね、嘘を隠すために訓練するものなの。
逆に言えば、訓練してなきゃ嘘ってのは隠せないものなわけ。
嘘は顔に出る、声に出る……普通の人は大抵そう思ってるのよね。
だから逆に嘘をついている時は、顔と声に『嘘を隠そう』とする不自然さが生まれる」
「……お嬢さんは、嘘を見抜く技術に長けているのですね」
「素人の嘘はね。
嘘をついたからバレるんじゃないの。
嘘を隠そうとするからバレちゃうんだにゃあ」
寧々は追い詰めにかかる。
「人間の脳の動きは、体の細かい動きと連動してるの。
『何かを思い出す時』と『嘘を頭の中で作っている時』……
この二つで脳の動きは全然違う。
目の動き、手の動き、会話中に相手のどこを見るか、このあたりがまるで違うんだにゃあ」
「……それはまた、興味深い」
「最初に佐藤くんと話してた時の会話のテンポ。
あれがあなたの"いつもの会話のテンポ"なんでしょ?
気付いてる? 私の発言からあなたの返答までのテンポ、ちょっとずつ早くなってる」
「偶然でしょう」
追い詰めて、感情を煽る。
もはや村人は、朔陽達の目にも明らかなほどに狼狽していた。
「人間ってね、緊張してる時とリラックスしてる時で働く神経が違うわけ。
感情で表情が変わったり、お腹が痛くなったり、心臓が変になったり……
これは訓練しないと意志で制御できない、意識に動かされてしまうもの。
[9]前 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:2/15
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク