18 受け継がれるもの
冬の厳しい時期を過ぎ、春の兆しが見え始めるこの季節。
俺の生まれ育つ町は未だ寒さ厳しく、コンビニで食べる肉まんやおでんが美味しい。
だが、日本でも最南端にあるこの県では、もうそろそろ半袖に切り替えてもいいのではないか、と、そう思える程度には気温が上がり始めていた。
日差しが強い。
じりじりと照りつける、という程でもないが。
いや、やっぱり暑い。
少なくともこの時期の沖縄でライダージャケットは無謀だ。
持たせてくれた母さんには悪いが、ジャケットは既に脱ぎ、鞄に押し込んでいる。
暑くてとても着ていられない。
……というか、このジャケット変身してもそのままだから焦った。
なんなんだこのジャケット、妙に頑丈だし。
「家族会議……いや、藪蛇だな」
一番腹を探られて不味い思いをするのはほぼ間違いなく俺だ。
健康診断で腹を探られる(医療)危険性が一番身近だと思っていたが、まさかうっかり自分から腹を探り合う(心理)ような真似をしようと思いついてしまうだなんて思わなかった。
謎は謎のママにしておこう。
不都合が出るまでは。
バイクを適当な場所に止め、春の沖縄を歩く。
本州北部からだから正確な位置情報が掴めなかったが、ここまで来れば探そうと意識するだけでゲブロンの場所は筒抜けだ。
だから、バイクで近場まで来れば、あとは逃げられる事が無ければ数分もせずに発見できる。
「来たか」
声を掛けるより、袖の中に投擲用の針を作るより早く、その女は振り向く。
薄暗い店内、しかし、一般的な商店街の古物店とそう変わりなく見える店内には似付かわしくない筈なのに、嫌に空気に馴染んだ姿。
白いサマードレスに身を包んだ豪奢な、妖艶な美しさを誇る女。
以前見た時には背中まであった髪は、首元で斜めにばっさりと切り落とされていた。
イメチェンか、或いは誰かに切られたか。
額に刻まれていたバラのタトゥーは、ファンデーションで隠されていた。
だからといって、顔写真が警察に出回っている以上、それだけで姿を隠せるものではない。
この女が、ラ・バルバ・デが何事もなくこうして居られるのは、間違いなく外部協力者が居るからだろう。
ちら、と、店のカウンターで膝の上の猫を撫でるおじいさんを見る。
ゲブロンの反応。
東京で確認できたどれとも異なる、あの都市に集まらなかったものか。
「ドルドはどうした」
「そろそろ、新たなンが訪ねてくるだろうとの事でな」
バルバが投げた何かを受け取る。
ベルト、それも、完全な品。
ゲドルード、そしてゲブロン。
生物と結合していないから最低限の反応しか無いが、ゴのゲゲルが始まる辺りから東京で感じていた反応と同じ。
「どちらでも良いが、私の方が説明は上手い。奴は役目を終えた」
「予想していたのか?」
「いや、正式な手続きだ。来い」
店の奥へと歩き出すバルバ。
その背を追い歩く。
罠を警戒する、という考えは、不思議と思いつかなかった。
グロンギは残虐な殺しを行う事はあるが、相手を罠に嵌める、という事はあまりしない。
ゴの強い方のイノシシなどは珍しい例外と言っていい。
いや、そんな理屈よりも先に、この流れが非常に自然なものである、と、受け入れている自分が居るのがわかる。
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