ハーメルン
ブレイブウィッチーズ 星降る夜に
第5話 ■■■■ 前編

 暗闇の中を歩いている。
 もう、力は残っていなかった。
 過去にあったものの名残が、惰性と慣性を持ち続けたまま幽霊のように蠢いているに過ぎないのだ。
 溺れているみたいに、息苦しかった。
 あの日から、ずっと胸は苦しいままで、うまく息ができないままで、身体に力が入らないままだ。
 その中で、泡のようにぼろぼろといろんなものが通り過ぎていった。
 虚偽、妥協、偏見、卑怯未練、痴愚。
 姉の視てきた、世界を知った。
 こんなもの、視続けていたらきっと正気を保っていられるはずはない。
 次の瞬間に心が壊れてもおかしくない、と思えたほど。
 日増しに崩れていく過去の勘違いと妄執、嘘と欺瞞。
 笑顔は、喜びは、楽しさは、ずっと、姉に守られてそこにあった。
 世界がこんなくだらないものと知っていた姉が“せめて妹にだけは”と願って、嘘を見せ続けてくれていただけで。

 憧れも、夢も。
 目標も、努力も。

 全てが剥がれてしまえば、何の意味も成さなくて。
 そのことを認めたくなくて、必死に過去にすがればすがるほど、
 蔑ろにされた今は、野蛮な現実性を持って襲いかかってくる。
 それを否定できるだけの材料なんてどこにもない。
 そんな当たり前だと思っていた“嘘”が剥がれ落ちていくことでしか、
 それでも過去の憧れだった、夢だった、目標だった、努力していた何かにすがることでしか、
 もう、窒息しかけの呼吸を続けることもできなかった。

 泡のように通り過ぎていった何かに、きっと大事なものはいくつもあったのだろう。
 けれど、置いてけぼりにしてきてしまった。
 手を伸ばす力は身体に残っていなかったから、視ていることしかできなかった。

 せめて、願う。
 どうか、このまますっと無くなるように、彼女達の元へ行けたらいい。
 もう一度会えたら、
 笑い合えたら。
 ただ、それだけでいい。
 それだけでいいと、ほんとうにそう思うのに。
 未だ――この手は、この身体は。
 それすらできないまま、何処にも行けないままで、
 ずっと力をなくして、ぼんやりと彷徨っているだけだった。



 浮上するように醒めていく。
 ふと、温度を感じた。
 温かい。
 懐かしい感覚。
 ……これは……

「お姉ちゃん……管野さん……?」

 目を開く。
 手を伝う温度の先を見やれば、自分の手を握って心配そうな表情をこちらに向けるニパの姿があった。
 それがなんだかおかしくて、軽く笑う。

「……なんだ、ニパさんか」
「……なんだ、ってなんだよ。こっちは墜落したひかり抱えてここまで戻ってきたんだからさ」

 ひかりの言葉に、唇を尖らせるニパ。
 思わず呟いた言葉だったが、確かに失言だったので息を吐きつつ言う。

「ああ、そうなんですか……すみません。言葉の綾みたいなものです」

 眠気はない。頭の芯に残るような頭痛はあるが、それくらいだ。
 ベッドから起き上がって、軽く身体を伸ばす。そして、ベッドサイドテーブルに置いてあったマフラーを首へと巻きつける。
 あちこちに痛みが走るが、今更だ。
 この程度は問題ない。

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