ハーメルン
ブレイブウィッチーズ 星降る夜に
第2話 羽ばたけ、血塗れの翼 中編

 隊長にあてがわれた執務室の中。
 燻ゆる珈琲の香りを肌で感じながら、呟くようにラルが言う。

「……行ったか」

 エディータは、感情の読めない表情で薄目を閉じる。

「隊長、何を考えているんですか? こうなることは半ばわかりきっていたはずなのに……」
「……そう、だな」

 エディータの言葉に、ラルがぼんやりと頷く。
 窓の外では、三人が出撃する軌跡(コントレイル)が青い空を白く切り裂いていくのが見えた。
 こうなること、というのは雁淵ひかりが着任することによって及ぼす影響のことだろう。前もってラルがエディータに伝えた時も、同じような事を言われた事を覚えている。といっても、文句を言われるのがわかっていたから、辞令を出した後に彼女へ打ち明けたのだが。 

「失望したか?」
「ええ、とても。真剣に脱退を二、三度考えました」
「それは困る。おまえが居ないと、ここは存続も難しい」
「でしょうね。だから、真剣に考えたんです」
「いい結論が出たみたいで何よりだ」

 すっ、とラルは窓の外から書類に視点を戻しながら言う。
 細々した仕事は増える一方で減ることを知らない。以前はよくサーシャに押し付けたものだが、持ち前の生真面目さでどんどんと憔悴していく彼女の様子を見てからは大半は自分でやることにした。さすがにあの姿を見るのは忍びない。

「辞表も書きましたよ」
「絶対に取り合わないからな」
「ストライキも視野ですね」
「馬鹿言え。反逆罪だ」

 軽口だが、事態は重大だ。
 彼女は軽々とこの基地までやって来てくれたが、そんな単純なことではない。
 特にジョーゼット・ルマールとヴァルトルート・クルピンスキーに及ぼす影響は大きなものだと言えた。このまま事を放置していては、いずれ深刻な事態に陥るであろうことは想像に難くない。自分で招いた事とはいえ、なんだか頭が痛かった。

「クルピンスキー、随分とひかりにご執心のようじゃないか。焼きもちか?」
「……」
「悪かった。だからその辞表はしまってくれ」

 そして、可及的速やかに対処しなければいけない問題もここに。
 わかっていたことだが、あまり部下の反感なんて買うものじゃない。ラルは生ぬるい珈琲を啜り、そして幾分か考えた後に、ぽつり、と言った。

「……ジョゼが、辛そうだな」
「かつてと同じように、気にしているのでしょう」

 それは、ひかりがこの第502統合戦闘航空団『ブレイブウィッチーズ』に来た時のことだ。大量のネウロイと一人で戦い、負傷した孝美に変わり、カウハバに着任するはずだったひかりがここで戦いたいと、そう言った時のこと。
 その時、治癒魔法持ちのジョゼは孝美の治療を受け持ったのだが、絶対魔眼の発動、そしてダメージを受けてから時間が経っていたこともあり孝美は昏睡状態に陥ってしまった。ジョゼはその事をひどく気にして、代わりにやってきたひかりに声すらかけられなかった。
 それと同じように……いや、それ以上に。
 彼女が今回心に落とし込んだ責は重く、水銀のようにどろりとしていた。

「あの時はまだ命は助かりましたが、今回は……」
「……あいつが気にすることではないというのに」

 二人共、攻撃を仕掛ける際に“グリゴーリ”の反撃を受けている。その時点で致命傷であった彼女達に、ジョゼがしてやれることはひとつもない。せいぜい攻撃を受けてから三分後に死に至るのを、五分後に変えられるくらいだ。

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