ハーメルン
ブレイブウィッチーズ 星降る夜に
第3話 例え、報われずとも 前編

 ――宛もないまま暗闇を歩き続けている。
 感覚が鈍い。
 走ろうとしているような気がする。
 けれどもたついているような、何か途方もないものに邪魔されているようでうまくいかない。
 だからといって、歩こうとしても阻まれる。
 水中でもがいているような不自由感があった。
 予め定められているような、そんな大きな流れの中を揺蕩っているようにも感じる。
 そして、そんな不自由の中でも、一つだけ確かな感覚が身体を刺す。
 寒い。
 途方もなく寒かった。
 何かがあるというわけではない。
 冷たい、ということがあるわけではない。
 むしろその逆だった。
 何もなかった。
 虚空とも言っていいほどの絶対真空の中に取り残されている。
 知らなかった。
 何もないことがこんなに寒いなんて。
 痛いなんて。
 ここには何もない。
 目指すものも、側にあるものも、
 何もない。
 何もなかった。
 何も……

「寒い……」

 お姉ちゃん、管野さん、どこ。
 どこにいったの
 さむいよ
 たすけて たすけて。
 痛くて……寒くて、
 もう、もう、わたし……



 目を開く。

「あ、起きた」
「はっ、あ……」

 身体が何かを求めて勢い良く空気を吸い込む。
 その様子を心配そうに見つめながら――ニパは微笑んだ。

「大丈夫? どっか痛いとこはない?」
「……ニパ、さん」

 寝起きのぼやけた頭で、大丈夫です、となんとなく返す。
 何処も痛いところはない。
 何処も傷ついてなど居ない。
 けれど、先程見ていたような気がする夢の感覚だけが皮膚の内側に染み付いていて気持ち悪い。
 よじるように、起き上がろうとする。

「だーめ」

 でも、それをニパに頭を両手で掴まれて阻まれる。

「もうすぐねーちゃんが来るはずだから、それまでもうちょっとゆっくりしてよ」

 そう言ってニパは強情さと優しさを滲ませた表情で嬉しそうに笑う。
 そこで気付く。
 寝転んでいる自分の視界の先に真っ直ぐニパの顔があるというのは、その。

「……それはいいんですが、これは、」
「だーめ。見張ってないと、きっとすぐどっかいっちゃうんだから。だからワタシが休ませてあげることにしたんだよ。ちなみにこれ上官命令ね」
「……、」

 再度起き上がろうとするが、ニパは容易く逃してくれそうもない。
 だから代わりに、諦めたようにため息をつく。
 ――どうやら膝枕をされているらしかった。
 宿舎の硬い枕が石に思えるほど柔らかい膝の感触が頭を支配している。
 こんなの幼いころに姉にされたっきりだ。
 今でも瞼を閉じればすぐさま鮮明に描き出せる。
 それは、春のこと。
 天気が良いからと散歩に出かけた先で、日差しの暖かさにうとうとしていたら孝美がそうしてくれたのだ。
 その心地よさに、暖かさに、
 結局夕方まで寝てしまって一日をふいにしたけれど。
 ……それは、それでよかった。
 よかったと、ほんとうに思う。
 戻れるなら、今すぐにでもそうしたいくらいに。

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