ハーメルン
磯野、野球しようぜ
9話 負けません

 5回裏、磯野さんがこの回の2つ目のアウトを三振で奪うと、球場全体が異常な雰囲気に包まれた。
 それもそうだ。だっておかしい。甲子園決勝、しかも強打の横浜港洋学園を相手にしてだ。

 ホームベースの前に勇み出て、抑えられない武者震いを振り払うように大声を出した。
「ツーアウトー!外野前!」

 それでも若干声が震えていることに気付く。
 だがそんなことは誰も気にかけないだろう。グラウンド上の先輩たちも気付いていないかもしれない。
 それほどまでに今この瞬間、この球場の全員が磯野さんの一挙手一投足に心酔している。

 6者連続三振。それも誰一人バットに当てることすら許さない完璧なピッチング。

 超高校級投手の本領を目の当たりにした観客が、磯野さんのピッチングを後押ししている。マウンドから遠く離れたキャッチャーボックスからでも分かった。
 始めは拍手が起こる程度だったものが、三振を重ねるごとに空気は変わっていった。
 ストライクひとつで割れんばかりの声援で盛り立てられ、甲子園の雰囲気は熱狂に包まれた。

 キャッチャーボックスにしゃがみ込み、一塁にいる走者を横目で覗き見る。
 一死から振り逃げで出してしまった走者だが、磯野さんは見事なクイックで走者を塁に留め、まともなリードすら許していない。

 そうしている間に、迎えた打者を縦に割れるカーブと鋭い高速シュートでツーストライクに追い込んだ。

 場内の雰囲気がさらにヒートアップする。連続三振を望む声で溢れる。
 普段ならボール球で間をとるところだが、震える手で思わず「外角・ストレート・ストライク」のサインを出してしまった、自分がそれに気づいたと同時に磯野さんが頷く。
 こうなれば仕方がない、ミットを叩いて自らを奮起させた。

 素早いクイックで、右腕から放たれたボールがこちらに迫る。
 外角低め一杯、ホームベースと白球の軌道が僅かに重なって見える。ストライクゾーンをギリギリ掠める絶妙なボールに、バッターはスイングすることすらできない。
 パチン、と甲高い音を立ててミット収まり、手のひら全体に鈍い痛みが走った。

「ストライク!バッターアウト!!スリーアウト!」
「ナイスボール!」
 完璧なボールに思わず出た声も、グラウンドになだれ込んだ歓呼の叫びにかき消された。
 
 圧巻の7者連続三振。
 超高校級の奪三振ショーに、完全に流れはあさひが丘高校のものとなった。

「磯野さん!ナイスピッチングです!最高です!」
「堀川くんのリードも良かったよ!ナイスリード!」

 屈託のない爽やかな笑顔で讃えられる。
 単純な嬉しさがこみ上げ、それを噛み締めながらベンチへと戻る。
 
 それにしても「甲子園」「決勝」「超高校級」「圧巻の奪三振」この状況が生み出す熱狂・狂騒の雰囲気は凄まじい。準決勝までとは比べ物にならない威圧感に、圧倒されそうになった。
 異空間。非日常。そんな言葉がまさにピッタリの甲子園決勝。

 ほんの数ヶ月前。あさひが丘高校に入学するまでは、この舞台に立てるなんて思いもしなかった。
 
 

 中島さんは、高校入学の時点で神奈川でも有数の天才プレーヤーだった。しかし、磯野さんはそうではなかった。


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