ハーメルン
【完結】BARグラズヘイムへようこそ
第五話

1940 冬 ベルリン

 ベルリンの冬は寒い。すでに心の故郷としか言いようのない日本の北海道よりも緯度が高いのだから、どの程度の寒さかを予想いただけるだろう。もっとも内陸であり、湿度も低いことから、豪雪地帯のように埋もれるほどの雪は降らない。

 しかし夜はマイナス十度も当たり前。

 そんな中、わざわざBARで酒を飲む人たちは、それ相応の理由がある。

 一つ目は夜が遅くなり食事を準備することが負担となり外で取られるお客様。主にご近所の方々。

 二つ目はみんなで騒ぐ場を探す一見さん。その名のとおりだが、メインストリートから外れているこの店にはあまりいらっしゃいません。

 三つ目は常連の二人を筆頭とするお客様。ここでしか出ない酒、料理を目的に来られる方々。この店を気に入って頂いている大変嬉しいお客様方です。

 そして四つ目は……。

「どうかいたしましたか? ベアトリス様」

 カウンターでホットワインと夕食のトマトベースに鷹の爪と数種類のスパイスをつかった辛めのショートパスタと生ハムサラダを前にうんうん唸っているベアトリス様がお一人。同僚の方々と来ることもありますが、お話を伺う限り家事を放棄されているらしく、ほぼ毎日ここで食事をとっていらっしゃっています。

 もちろん軍の食堂もあるようですが、どうもお気に召さないらしく夕飯はこちらと決められているようです。

 さて、もう常連ともいえるベアトリス様が何時になく考えごとをされているようです。せっかくのホットワインもだいぶぬるくなってしまっているご様子。

「ん~。あっそういえばバーテンダーに相談しても他言無しでしたっけ」
「はい。酒の席のお話は本人のご了承がない限り、墓まで持っていきますよ」
 
 私は、笑みを浮かべながら回答する。

「例えばの話ですけど。友人の上司にあたる女性が、さらにその上の上司に片思い中……ということとします」

 ベアトリス様も信じていただけたのでしょう。一瞬ですがぱっと笑顔になると、すぐに神妙な顔つきになり例え話をはじめられます。
 
「はい、例えばのお話ですね」
「そうそう。で、その女性上司なんですけど、なんとも乙女というかなんというか。意を決して行動した結果、念願叶って片思いの男性上司の部下にまではなれたんですけど、そこからピタッとアプローチが止まっちゃったんですよ」

 ベアトリス様。それ例え話になっていませんよね。しかもその女性上司は定期的にうちにいらっしゃる常連に近いお客様のことですよね。

 最近では鴨のスライスを炙ったものを片手に、ビールがお気に入りなようでより一層男らしさに磨きが掛かっていらっしゃいますが。

「部下であるということに満足されてしまったとかでしょうか」
「それだったら私も気にしないんですけどね~」
「と、いいますと?」
 
 ベアトリス様はワインを飲み干されたので、新しいワインを火にかける。今日はスペインのバレンシア産赤ワイン。香りは控えめだが、甘さと程よい渋みが特長。現在は敵国のワインにあたるのですが、まあ開戦前に地下倉庫に備蓄したものの一品ですし、食材に敵も味方もありません。そのへんを気にされないお客様にかぎりお出しさせていただいております。

「朝一番に出勤して、決められてもいないのに上司の机を掃除してるとか」

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